塵埃抄

阿波野治

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冬の平和

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 雅士と康士の兄弟が住む家の隣家に、クレアおばさんは一人で暮らしている。クレア、などと外国人風に呼ばれているが、歴とした日本人だ。特技は料理。中でもシチューを十八番にしていて、冬になるたびに山ほど作っては近所の人たちにお裾分けする。クレアおばさんが作ったシチューは、痰のような味がする。
 ある真冬の夕方、小学校から帰っていた雅士と康士は、偶然、往来でクレアおばさんと出くわした。三人は一緒に帰ることになった。広島で売笑婦四人を殺害したタクシー運転手の話題で盛り上がっていると、突然、クレアおばさんが足を止めた。つられて兄弟も立ち止まる。
 クレアおばさんは素早く服を脱ぎ、全裸になった。
「どぅお、坊やたちぃん。これが還暦を過ぎた女のぉん、だらしない素っ裸よぉん」
 クレアおばさんはにやにやしながら言った。乳房は完全に重力に屈し、股間は酷い有り様だ。
 あまりの醜悪さに、康士は泣き出した。雅士は唖然と立ち尽くしている。
「醜いと思ったでしょぉん。でもぉん、誰だってこうなるのよぉん。どう足掻こうがぁん、行き着く場所はみんな一緒なのよぉん」
 クレアおばさんは妙な具合に腰を振りながら、立ち竦む兄弟の周囲を旋回し始めた。
「人生の最終コーナーに差しかかったおばさんには分かるのよぉん。坊やたちには理解不能でしょうけどねぇん」
 時を同じくして、砂漠の国のとある小学校に武装集団が乱入し、銃を乱射し始めた。日本のアニメ好きの彼も、十一歳にして出産経験がある彼女も、あえなく撃ち殺された。
 だが、雅士と康士は生きている。寒空の下、全裸のおばさんに絡まれながらも、二酸化炭素を吐き出して地球温暖化に貢献している。
 兄弟の住む町に、雪が降り始めた。
 それは、砂漠の国で犠牲になった子供たちが流した涙が凍ったものかもしれない。
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