塵埃抄

阿波野治

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害虫を殺す

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 我が家の庭で最古参の老木が、冬に入って急に枯れ始めた。調べたところ、幹の至る所に、体長五ミリほどの、アブラムシに似た黒い虫がへばりついていることが判明した。殺虫剤の散布も考えたが、木の弱り具合を考えれば、薬品の使用は極力避けたい。乗り気はしなかったが、自力で取り除くことにした。
 スコップの先でこそげると、虫は力なく、次から次へと幹から落下していく。地面に落ちた虫は、仰向けの姿勢で弱々しく脚を蠢かせたが、すぐに身動きをしなくなった。作業を繰り返すうちに、木の周囲の地面は黒い粒でいっぱいになった。それを箒で掃き集めてゴミ袋に入れ、私はその日の仕事を終えた。
 翌日、改めて木を眺めたところ、樹皮の僅かな窪みに体を埋めた個体が難を逃れていることが分かった。私は爪楊枝を持ち出し、生き残りを一匹ずつ潰していった。虫の体は極めて柔らかく、ぷちゅり、と簡単に爪楊枝に貫かれ、呆気なく死んでいく。手間のかかる作業だったが、それをしている時の私は、不思議と集中力を切らすことがなかった。
 虫を潰す作業を、私は出勤前に欠かさず行った。駆除すべき虫の数は膨大だったが、冬を迎えて繁殖能力を失っていた彼らは、潰せば潰すだけ数が減っていくため、達成感があった。来る日も来る日も、爪楊枝を武器に彼らを殺し続けた。
 大量発生を確認した一週間後の朝、ふと思い立ち、出勤前の空き時間を利用して、例の黒い虫についてインターネットで調べてみた。とあるサイトの解説によると、その虫は異常気象の年に大量発生するが、植物に直接的な害を及ぼすことはない上、生命力に乏しく、二・三週間程度で死に絶えるので、積極的に駆除する必要は認められないという。
 口角を微笑みに歪め、パソコンの電源を落として庭に出る。
 老木の前に立った私は、嗜虐的な薄ら笑いを顔全体に広げると、依然として幹に大量に貼りついている黒く小さな虫を、一匹一匹、爪楊枝の先でぷちゅぷちゅと潰していった。
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