塵埃抄

阿波野治

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白い捌け口

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 それは何事もなく暮れゆくはずだった、ある晴れた夕刻のことでした。
 私が暮らす狭い部屋に、突然、一人の男が慌ただしく駆け込んできました。見知らぬ男でした。男の顔は極度の切迫感に苛まれており、青ざめているようにも見えました。男の両手は下着の中に潜り込み、どうやら男性器を直に掴んでいるようでした。
 私の姿を認めた瞬間、男の表情が心持ち和らぎました。
 男は私のもとに駆け寄ると、両脚を肩幅に開き、ジーンズのファスナーを下ろしました。私はその場から動くことが出来ません。男の右手が、開いたファスナーから性器を掴み出し、その鋒の照準を急ぎがちに私の胸に定めました。
 次の瞬間、性器の先端から液体が勢いよく迸りました。一直線に襲いかかってきた夥しい量のそれは、私の白い体を容赦なく穢しました。
 液体は床や壁の広範囲に飛び散りました。その液体特有の臭いが部屋に立ち込めました。
 事を済ませた男は、全身を小さく震わせ、晴れやかな笑みを浮かべました。悠然と性器を仕舞い、ジーンズのファスナーを閉めます。
 男は上機嫌そうに私の額を軽く触り、踵を返しました。そして揚々と鼻歌を歌いながら洗面台で手を洗い、軽やかな足取りで部屋を去っていったのでした。
 私は依然としてその場から一歩も動くことが出来ません。冷たい雫が堪えきれずにこぼれ落ち、体にこびりついた汚穢の上を伝っていきます……。

 賢明な読者の方々は、私が何者なのか、もうお分かりになっていることでしょう。
 そう、私は便器。小さな公園の男子トイレにたった一つだけ設置されている、しがない小便器に御座います。
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