塵埃抄

阿波野治

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記憶

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 祖母宅の土倉を整理していた麻衣は、自らの少女時代の記憶が氷づけにされているのを発見した。
 中学生の頃、麻衣は父親と折り合いが悪く、祖母の家に身を寄せていた時期があった。大人になってからはいくらか心の余裕も生まれ、当時を顧みる努力もしたが、何度試みても、父親に関する記憶を思い出すことは出来なかった。いい思い出ではないので、心が抑圧しているのだろうと考えていたが、そうではなかった。父親に関する記憶は、祖母の手によって麻衣から摘出され、土倉の奥に仕舞われていたのだ。
 麻衣は恐ろしく思うというより、懐かしさに駆られて、記憶を取り戻すのに前向きな気持ちになった。ただ、記憶を覆う氷は分厚く、溶かすには時間がかかりそうだ。
 そこで麻衣は、超自然の力を借りるべく儀式を執り行い、精霊を召還した。要望を伝えると、精霊は彼女に忠告した。
「溶かすのは別に構わないけど、もし都合の悪い記憶が甦ったとしても、後のことは知らないよ。それでも構わないね?」
 麻衣が首肯したので、精霊は軽く指を振り、氷を一瞬にして跡形もなく消し去った。自由を得た記憶は、一直線に麻衣のもとへ向かい、彼女と一体化した。途端に、忘れていた記憶が鮮明に甦った。
 暗い部屋で、少女の麻衣が布団を頭まで被り、怯えている。ドアが開き、男が入室した。男は麻衣に歩み寄ると、彼女が着ている服を脱がせ始めた。麻衣は泣きじゃくっている。男は麻衣を辱め始めた。
 男は、麻衣の父親だった。
 麻衣は悲鳴を上げて蹲り、雪原の只中に裸で放り出されたように激しく震え始めた。やれやれ、とばかりに肩を竦め、精霊は元の世界に帰って行った。
 麻衣を庇護し、悪しき記憶を隔離してくれた祖母は、もうこの世にはいない。
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