塵埃抄

阿波野治

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プレイボールまで

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 直哉は会社の行き帰りに、とある狭い空き地の前を通る。帰宅時には、サッカーやバスケをして遊んでいる子供たちの姿を見かけることもある。しかし野球をしている子供を目にしたことは一度もない。この事実は、野球少年だった直哉の心を寂しくさせる。
 野球で遊ぶには多くの道具と人間が必要だ。一個のボールと二人の人間さえ準備できれば、一個のボールを奪い合うゲームが出来るサッカーやバスケと比べて、遊ぶ環境を整えにくいスポーツと言える。昨今の子供たちを取り巻く環境を考えれば、野球少年の減少は必然の流れなのかもしれない。
 ある日、仕事を終えた直哉が空き地の前を通ると、入口に大きな鉄製の籠が置かれていた。中には野球のボールが一個入れられ、「ご自由にお使いください」と書かれている。
 流石にボール一個じゃ野球は出来ないな。直哉は苦笑をこぼしてその場を後にした。
 次の日、仕事帰りに空き地の前を通り過ぎようとすると、例の籠の中に、新たに二個のグローブが入れられていた。久しぶりにキャッチボールがしたいな、と思った。しかし相手がいないのでは話にならない。
 翌日の夕方、空き地の前に差しかかった直哉は、驚いて足を止めた。「ご自由にお使いください」の籠の中、一個の野球ボールと二個のグローブと共に、野球帽を被った、十歳くらいの少年が体育座りをしているのだ。
 少年は物欲しそうな目で直哉を見つめる。
「……おじさんとキャッチボール、する?」
 少年は瞳を輝かせ、大きく頷いた。
 直哉は空き地で、少年と白球をやりとりした。二十年ぶりにしたキャッチボールは、実に楽しかった。人数を集めて野球の試合をすれば、もっと楽しいに違いない。
 直哉はなんとなく、明日、帰宅時に空き地の前を通ると、空き地は野球の試合が出来るくらいに広くなっていて、籠の中には、野球に必要な道具一式と、十七人の野球少年と四人の審判が入っている気がした。
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