塵埃抄

阿波野治

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 その韓国料理店は、昼時ということもあり、相席しなければならないほど混んでいた。私はアジア系の若い男性と同じ席に着いた。
 いくつか注文した料理の中で、真っ先に運ばれてきたのは白菜キムチだった。食べてみると、想像以上に辛みが強い。
「日本人の舌には、ちょっと辛すぎるかな」
 半分は独り言、半分は相席の男性に話しかけるつもりで、感想を口にした。その瞬間、男性は顔を紅潮させて椅子から立ち上がり、私に向かって喚き始めた。日本語で私を罵倒しているらしいが、呂律が回っていないため、なんと言っているのかは分からない。
「駄目じゃない、お隣さんを怒らせちゃ」
 突然の声に振り向くと、店の奥から、テレビで見たことのある中年男がこちらへと歩いてくるのが目に映った。シンガーソングライターの鳩山佐助だ。某ロックバンドのボーカルを務める彼は、日本を代表する歌い手の一人、という評価が定着していた。「ピース」の吸い過ぎが原因で癌を患い、死亡したという報道を、いつかのニュース番組のハイライトで見た記憶があるが、生きていたらしい。
「お隣さんへの差別意識、捨てて直視しようよ、侵略の歴史」
 鳩山佐助は人を食ったような笑顔を私に向けながら、歌い始めた。間髪を入れず、相席の男性が声援を飛ばした。
「流石は鳩山の兄貴! 政治家を批判するとか、マジでロックでラブ・アンド・ピースっす!」
 鳩山佐助は歌い続けながら、どこからか取り出した日本国旗を、どこからか取り出した百円ライターで燃やし始めた。たちまち黒煙が大量に発生し、口腔と鼻孔に雪崩れ込んでくる。堪らず店を飛び出した。
 新鮮な空気を肺に取り込み、店内を振り返ると、鳩山佐助は自分が発生させた煙に咳き込んでいた。相席の男性を含めた、店にいる客全員もとばっちりを食っていた。
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