不都合な幻覚

阿波野治

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アパートに母 二

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 俺は通路の突き当たりまで進み、フェンスに向き直ってそこに両腕をのせる。
 視線の先にはスーパーマーケットSがある。店舗の大きさのわりに広い駐車場も、出入口の自動ドアもよく見える。張り込みをするのにこれ以上の場所はなかなかないだろう。
 俺の背後には部屋のドアがある。部屋番号は501。

 入居者がいる部屋なのか、いないのか。現在住人は在宅なのか、留守なのか。どちらも外から得られる情報だけでは判断がつかない。部屋によっては、たとえば子どもが乗るおもちゃみたいな三輪車など、入居者がいることを示す物が置かれているものだけど、501号室はなにもない。ドアにネームプレートが掲げられてさえいない。
 防犯の観点とか、面倒くさがって出していないとか、常識的な要因はいくつか考えられるから、入居者がいない証拠にはならない。なんというか、その中途半端さが不気味だった。いつ住人がドアを開けて顔を覗かせるか分からないと思うと、気味が悪いのを通り越して怖くなってくるし、落ち着かない。
 ただ、他の階に移動したところで、のしかかってくるもののベクトルと程度は目くそ鼻くそだろう。小さく息を吐いて手すりに肘をつく。

 もし住人に遭遇したらどう言い訳をしよう? 本来の目的のためにいまいち集中力を発揮できていない頭を懸命に励まし、その問題について考えてみる。
 友だちの家に遊びに来たんですが、マンションを間違えたみたいです、すみません。そう謝って撤退するしかない気がする。まさか、張り込みをしているので、あなたの部屋の前のスペースを一・二時間くらい貸してください、なんて言うわけにもいかないし。
 撤退したあとは、素直にマンションから去るんじゃなくて、一つ下の階に移動する。移動先の階でも住人に見つかったら、また階下に移動。これをくり返しつつ、五階分このやり方を使ってしまうまでにターゲットを発見できるよう、祈るしかないのでは?

 自問に対して、もう一人の自分が「ま、それしかないよね」とため息混じりに答えて、方針は定まった。
 そして、考えるべきことは特になくなった。

 ようやく、混じり気のない心でスーパーマーケットSを注視する。
 平日の昼間ということで客の出入りは少ない。車、自転車、徒歩、いずれの客も。周囲に建物はまばら。アパートとスーパーマーケットを隔てる道の行き交う車や人もまばら。時おり聞こえてくる名称不明の鳥の鳴き声がいかにものどかだ。
 たとえば夕食の買い出しをするのだとしても、スーパーSにやって来るのはもう少し遅い時間帯なんじゃないか?
 そんな疑念が胸を過ぎったのを境に、集中力はがたがたになった。
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