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赤い花 五
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男性はダリアの眼前で足を止めた。男性の衣服、あるいは体からは、錆びた鉄のような臭いがした。男性は背が高く、逆にダリアは低身長なため、首が痛くなるほど顔を持ち上げなければならなかった。
視線が合わさるのを待って、男性は口を開いた。
「かわいい、かわいいお嬢さん。一つ訊ねたいんだけど、今何時かな。おじさんは時計を持っていなくて、ホームに時計がないものだから、時間がわからなくて困っているんだ」
ダリアはジーンズのポケットからスマホを取り出し、現在時刻を確認する。手に持ったまま再び男性を見上げ、
「十時五十六分」
「十時、五十六分……」
つぶやいた男性の瞳に、老成した哀愁がじわりと滲んだ。
「そうか、あと二分か。……不思議なものだな。もう少しでお別れだと思うと、未練などないと思っていたこの場所から離れることが、急にさびしくなる」
「あと二分って、もしかして、この駅に電車が到着する時間のこと?」
「いや、通過だね。時刻表どおりに運行されたのなら、二分後にこの駅に姿を見せるのは、この駅を通過する上りの特急列車だ。次にこの駅に停車するのは、十一時六分発のN駅行きの電車だね」
「そっちだ。ダリアとダリアのママが乗るのは、その十一時六分の電車」
「ああ、そうなんだ。ところで、お嬢さんのお母さんは?」
「トイレに行ってる。十分後だったら間に合うよね?」
「ああ、きっとね」
ダリアは男性から視線を切り、階段が続く先を見下ろした。母の姿はない。スマホをジーンズのポケットに仕舞い、ベンチまで戻ろうとして、男性に呼び止められた。
「かわいいお嬢さん。お嬢さんは今、したいと思っていることはなにかあるかい?」
「したいこと? ベンチに座ることかな」
「おや、それは失礼。おじさんはお嬢さんと話がしたかっただけなんだけど、邪魔をしてしまったようだね。そういうことならベンチへどうぞ」
男性は芝居がかった挙動で肩をすくめ、一歩下がって道を開けた。ダリアはその脇を通過してベンチに向かい、腰を下ろしてから顔を向けた。男性は相も変わらず柔らかく微笑んでいる。
「さて、お嬢さん。お嬢さんはベンチに座ったことで、叶えたいと思っていた目的を叶えたね。では、無事に目的を叶えたお嬢さんは、今、新たにしてみたいと思うことはなにかあるかい?」
「……うーん、なんだろ。今すぐにしたいことは特にない、かな」
「そうか。じゃあここからは、おじさんが一人でしゃべるとしよう」
男性は線路に顔を向けると、その場で両肩を回しはじめた。その動きを延々と反復しながら、彼は語り出す。先程までよりも広がった聞き手との距離を埋めるように、声量をいくらか強めて。
視線が合わさるのを待って、男性は口を開いた。
「かわいい、かわいいお嬢さん。一つ訊ねたいんだけど、今何時かな。おじさんは時計を持っていなくて、ホームに時計がないものだから、時間がわからなくて困っているんだ」
ダリアはジーンズのポケットからスマホを取り出し、現在時刻を確認する。手に持ったまま再び男性を見上げ、
「十時五十六分」
「十時、五十六分……」
つぶやいた男性の瞳に、老成した哀愁がじわりと滲んだ。
「そうか、あと二分か。……不思議なものだな。もう少しでお別れだと思うと、未練などないと思っていたこの場所から離れることが、急にさびしくなる」
「あと二分って、もしかして、この駅に電車が到着する時間のこと?」
「いや、通過だね。時刻表どおりに運行されたのなら、二分後にこの駅に姿を見せるのは、この駅を通過する上りの特急列車だ。次にこの駅に停車するのは、十一時六分発のN駅行きの電車だね」
「そっちだ。ダリアとダリアのママが乗るのは、その十一時六分の電車」
「ああ、そうなんだ。ところで、お嬢さんのお母さんは?」
「トイレに行ってる。十分後だったら間に合うよね?」
「ああ、きっとね」
ダリアは男性から視線を切り、階段が続く先を見下ろした。母の姿はない。スマホをジーンズのポケットに仕舞い、ベンチまで戻ろうとして、男性に呼び止められた。
「かわいいお嬢さん。お嬢さんは今、したいと思っていることはなにかあるかい?」
「したいこと? ベンチに座ることかな」
「おや、それは失礼。おじさんはお嬢さんと話がしたかっただけなんだけど、邪魔をしてしまったようだね。そういうことならベンチへどうぞ」
男性は芝居がかった挙動で肩をすくめ、一歩下がって道を開けた。ダリアはその脇を通過してベンチに向かい、腰を下ろしてから顔を向けた。男性は相も変わらず柔らかく微笑んでいる。
「さて、お嬢さん。お嬢さんはベンチに座ったことで、叶えたいと思っていた目的を叶えたね。では、無事に目的を叶えたお嬢さんは、今、新たにしてみたいと思うことはなにかあるかい?」
「……うーん、なんだろ。今すぐにしたいことは特にない、かな」
「そうか。じゃあここからは、おじさんが一人でしゃべるとしよう」
男性は線路に顔を向けると、その場で両肩を回しはじめた。その動きを延々と反復しながら、彼は語り出す。先程までよりも広がった聞き手との距離を埋めるように、声量をいくらか強めて。
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