7 / 12
赤い花 七
しおりを挟む
長広舌の終了を宣言したあとも、男性はダリアから視線を外さない。
「おじさんが言ったのと似たようなことを、ダリアのママも言ってたよ」
彼女は声にいくらかの親しみを込めて、そんな感想を述べた。
「おや、そうかい。ということは、お嬢さんのお母さんはきっと、聡明で美しい人なんだろうね。一目顔を見られないのが残念でたまらないよ」
「もうそろそろ、トイレから帰ってくるころだと思うけど」
「でも、少しばかり遅かったみたいだ」
男性は駅を貫いて走る線路の右手を見やった。その動きに釣り込まれて、ダリアも同じ方角に顔を向ける。動作を完了したのとほぼ同時に、彼女は緩やかな地鳴りのような振動を体に感じはじめた。視線の先に黒い塊が現れ、次第にこちらへと近づいてくる。電車がやって来たのだ。
男性はいきなりその場に身を屈め、クラウチングスタートに酷似した姿勢をとった。ダリアが呆気にとられて彼を見つめているあいだにも、電車の走行音は大きくなっていく。
腰が大きく浮いたかと思うと、次の瞬間には、男性は線路に向かって一直線に走りはじめていた。
文字どおりあっと言う間に、プラットフォームを横方向に駆け抜けた。ホームと線路の境目に到達すると同時、両手を広げて跳んだ。そのときには、電車はすでに男性の真横まで迫っていた。
一個の鉄塊と一個の肉塊が衝突する直前、男性が口角から一条の涎を垂らし、陶然たる表情を浮かべているのを、ダリアは目撃した。
けたたましいブレーキ音に混じり、濁った破砕音が聞こえた。長大な鉄の箱は淑女のようにしとやかに停車した。
ダリアはベンチから立ち、白線まで歩みを進めて線路を覗き込む。電車が通過した跡に赤黒い汚れがこびりつき、周囲に大小さまざまな肉片が散らばっている。
「大きな音がしたみたいだけど、なにかあったの?」
ダリアの母が階段を上がってきた。ダリアは無言で線路を指差した。母は娘の隣で足を止め、我が子が指し示したものへと視線を転じる。「あら」という声が薄紅色の唇からこぼれた。
「誰かが飛び込んだの?」
「うん。なんか、知らないおじさんが」
「なにか変なことはされなかった?」
「うん。ちょっとしゃべっただけ」
「ならよかった」
親子は無言で眼下の惨状を見物した。そうしているうちに、電車から降りてきた乗客の悲鳴や話し声で、プラットフォームはたちまち騒々しくなった。母はおもむろに左腕の腕時計に目をやり、それから娘に言った。
「ダリアちゃん、電車は無理みたいだから、店まではバスで行きましょうか。降りてから歩く時間が少し長くなるけど、駅とそう変わらない距離にバスの停留所があるから」
「おじさんが言ったのと似たようなことを、ダリアのママも言ってたよ」
彼女は声にいくらかの親しみを込めて、そんな感想を述べた。
「おや、そうかい。ということは、お嬢さんのお母さんはきっと、聡明で美しい人なんだろうね。一目顔を見られないのが残念でたまらないよ」
「もうそろそろ、トイレから帰ってくるころだと思うけど」
「でも、少しばかり遅かったみたいだ」
男性は駅を貫いて走る線路の右手を見やった。その動きに釣り込まれて、ダリアも同じ方角に顔を向ける。動作を完了したのとほぼ同時に、彼女は緩やかな地鳴りのような振動を体に感じはじめた。視線の先に黒い塊が現れ、次第にこちらへと近づいてくる。電車がやって来たのだ。
男性はいきなりその場に身を屈め、クラウチングスタートに酷似した姿勢をとった。ダリアが呆気にとられて彼を見つめているあいだにも、電車の走行音は大きくなっていく。
腰が大きく浮いたかと思うと、次の瞬間には、男性は線路に向かって一直線に走りはじめていた。
文字どおりあっと言う間に、プラットフォームを横方向に駆け抜けた。ホームと線路の境目に到達すると同時、両手を広げて跳んだ。そのときには、電車はすでに男性の真横まで迫っていた。
一個の鉄塊と一個の肉塊が衝突する直前、男性が口角から一条の涎を垂らし、陶然たる表情を浮かべているのを、ダリアは目撃した。
けたたましいブレーキ音に混じり、濁った破砕音が聞こえた。長大な鉄の箱は淑女のようにしとやかに停車した。
ダリアはベンチから立ち、白線まで歩みを進めて線路を覗き込む。電車が通過した跡に赤黒い汚れがこびりつき、周囲に大小さまざまな肉片が散らばっている。
「大きな音がしたみたいだけど、なにかあったの?」
ダリアの母が階段を上がってきた。ダリアは無言で線路を指差した。母は娘の隣で足を止め、我が子が指し示したものへと視線を転じる。「あら」という声が薄紅色の唇からこぼれた。
「誰かが飛び込んだの?」
「うん。なんか、知らないおじさんが」
「なにか変なことはされなかった?」
「うん。ちょっとしゃべっただけ」
「ならよかった」
親子は無言で眼下の惨状を見物した。そうしているうちに、電車から降りてきた乗客の悲鳴や話し声で、プラットフォームはたちまち騒々しくなった。母はおもむろに左腕の腕時計に目をやり、それから娘に言った。
「ダリアちゃん、電車は無理みたいだから、店まではバスで行きましょうか。降りてから歩く時間が少し長くなるけど、駅とそう変わらない距離にバスの停留所があるから」
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
洒落にならない怖い話【短編集】
鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。
意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。
隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる