終末の二人

阿波野治

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 きょとんとした顔になった少女に向かって、顎をしゃくる。言わんとしていることを理解したらしく、少女は枕元のスマートフォンを手にとる。二秒後、驚きをたっぷりと含んだ悲鳴が部屋に響いた。

「ほんとだ! 繋がらない! 頼みの綱のネットが……!」
「さっき『いろいろと非現実的なことが起きている』って言ったけど、それがその一つ。体育館の戸が君の部屋に繋がっていたのも一つ。それから――」
「なに? まだあるの?」
「人が消えた」
「……どういうこと?」
「言葉どおりの意味だよ」
「でも、あたしたち、普通に存在してるけど」
「僕たち二人以外がってこと。君と出会うまでは、僕一人かと思っていたんだけどね。今朝目覚めてから君に出会うまで――時計が駄目になったから正確には分からないけど、だいたい一時間くらいかな。そのあいだに、僕は誰とも出会わなかった。同居している両親と妹もいなくなっていたし、普段は朝から交通量が多い道を通っても、人も車も自転車も通っていなかった。声がするけど誰にも出会わなかった、とかじゃなくて、声も気配もまったく感じなかったからね」

 少女は絶句している。無理もない。僕だって同じリアクションだった。

「最初は、三月に東北で起きたみたいな大きな地震がこの町を襲って、他のみんなは僕を置き去りにして避難したのかな、って考えた。でも、そうじゃない気がする。上手く説明できないけど、地震よりももっと大規模で深刻な事態が起きたような、そんな気がしてならないんだ」

 少女からの返事はない。これも当然のリアクションだろう。
 でも、信じてほしい。僕が言っていることは本当なんだ。僕たちが生きるこの世界でなにかが起きて、世界は劇的に変化してしまったんだ。

「せっかく空間が繋がっているんだし、徳島まで来てたしかめてみる? 信じられないかもしれないけど、本当にいないんだ」
「でも、大毛島も同じだとは限らないよね」
「……ああ、そうかも」

 同調こそしたけど、でも、どうなのだろう? 現実は、残念ながら、少女が望むものではないとしか思えない。

「うちの両親は漁師をやっていて朝が早いから、外が明るくなるころには家にいないんだ。でも、お隣の浦田さんの奥さんは専業主婦で、おばあちゃんが在宅介護を受けているから、この時間帯だと奥さんがいると思う。というか、絶対にいる。いなかったら、おばあちゃんが死んじゃうもん」

 少女は腰を上げた。またしても股間が、下着に包まれているとはいえ目の前まで来たので、こちらも慌てて立ち上がる。顔の高さはちょうど同じくらいで、女の子にしては背が高い。

 少女は真っ直ぐに僕を見据える。大きな瞳にたたえられた静かな怒りは、僕個人、理不尽な状況、どちらに向けられたものなのだろう? 怒っているのは伝わってくるのだけど、瞳が大きく、どことなく幼さが感じられるせいか、いかんせん迫力を欠いている。正面から見て初めて、端正な顔をしていることに気がついた。

「じゃあ、お隣さんの様子を見に行こう。もし誰かいたら、ほんと怒るからね。冗談じゃなくて、本気の本気で。女の子の部屋に勝手に入ってきて、そんな嘘までついて」
「すでに怒っているよね。まあ、無理もないけど。ていうか、下は穿かないの?」
「パンツ穿いてるでしょ」
「いやいやいや……。そうじゃなくて、下着のさらに上にってこと」

 部屋の中でいる限りは、最低限穿いてくれていればそれでよかった。しかし、外に出るとなると話が別だ。

「その必要、ある? あなたの言い分によると、あたしたち以外の人間は全員消えてしまったんでしょ? 人目を気にする意味って、あるのかな」
「万が一のことも考えて、という言いかたもなんだけど、とにかく穿いて。世界規模の異常事態が起きているのだとしても、ルールを守るのって大切だと思うし」

 少女は反論の気配を口角に滲ませたが、なにも言わなかった。前屈みになって床に落ちているジーンズを拾い上げ、両脚を通す。キャミソールと同じくサイズが若干きついらしく、お尻がつかえて穿きづらそうだ。

『もし誰かいたら、ほんと怒るからね』

 もしそうだったら、どんなにいいだろう。
 でも多分、現実は僕たちが思っているよりも非情で、救いようがない。
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