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夕食に呼ばれてダイニングに行くと、父親の靖彦がタンクトップ姿で冷ややっこをつついている。
「ああ、真理愛」
一人娘に気がつくと、食べ物を咀嚼しながら話しかけてきた。
「湯豆腐よりも冷ややっこが美味しい季節になったな。薬味、母さんがたっぷり用意してくれているから、たっぷり入れて食べろ」
真理愛は返事をせずに着席し、「いただきます」と言って箸を手にする。テレビで流れている。中東情勢のニュースに気をとられたらしく、しつこく言葉をかけてくることはなかった。それでも彼女は内心で毒づかずにはいられない。
冷ややっこが美味しく感じられるのは、お父さんが風呂上りで体が温まっているからで、今日は五月にしては気温が低めだからでしょ。ていうか、なんで大量に入れるの? ネギなんてたくさん食べても、口臭がきつくなるだけでしょうが。薬味はアクセントとして少量使うからこそ、おいしいのに。
キッチンから唐揚げを揚げる匂いと音が流れてくる。真理愛は絹ごし豆腐に少量の小口切りにされたネギと適量のしょうゆをかけ、食べはじめる。
斜向かいに座る父は視界に入れないようにする。タンクトップの腋からちらつく、縮れた黒い毛が目障りだから。
不愉快なのは映像だけではない。咀嚼音、安っぽい石鹸の匂い、どうでもいい話題を振ってくること。
真理愛は思春期に足を踏み入れて以来、父のささいな言動が鼻につくようになった。
わたしくらいの歳の女の子は、みんな男親に対して嫌悪感を抱くものみたいだから、しょうがない。
最初はそう割りきっていたが、転校してからは耐えがたさが跳ね上がった。自分からは父にめったに話しかけなくなったし、話しかけられてもよくて生返事、こちらの機嫌が悪いときは無視するようにさえなった。
真理愛のこの対応に、靖彦は「もっと娘とコミュニケーションをとらなければ」という危機感を抱いたらしく、先ほどの「冷ややっこが美味い季節になった」のような、真理愛を無性にいらつかせる発言を頻発するようになった。
『お父さん、わたしにみだりに話しかけないで。わたしは思春期の女子中学生なの。清潔感がない異性の親は、この世界で一番話をしたくない相手。お父さんだって、中学生の娘なんて、この世界で一番話しかけづらい相手でしょ。だったら、無理に話しかけてこなくていいから、黙って食事して。次に一言でも余計なことを言ったら、その瞬間に舌を噛みちぎって自害するから』
そう言ってやろうかとも思ったが、実行には移さなかった。他人につまらないちょっかいをかけるような男ほど自尊心が強い。それを傷つけたら余計に面倒なことになる、と計算したからだ。
なにを言われても無視して、我慢して、いらいらをため込んできた。
空き容量にはまだ余裕がある。ただ、減らす方法が見つかっていないからたまっていく一方。
この不快感、どうにかならないだろうか?
ただでさえ学校でいらいらをため込んでいるのに、こんな不愉快な重荷、いつまでも背負っていられない。さっさと手放してしまいたい。
「ああ、真理愛」
一人娘に気がつくと、食べ物を咀嚼しながら話しかけてきた。
「湯豆腐よりも冷ややっこが美味しい季節になったな。薬味、母さんがたっぷり用意してくれているから、たっぷり入れて食べろ」
真理愛は返事をせずに着席し、「いただきます」と言って箸を手にする。テレビで流れている。中東情勢のニュースに気をとられたらしく、しつこく言葉をかけてくることはなかった。それでも彼女は内心で毒づかずにはいられない。
冷ややっこが美味しく感じられるのは、お父さんが風呂上りで体が温まっているからで、今日は五月にしては気温が低めだからでしょ。ていうか、なんで大量に入れるの? ネギなんてたくさん食べても、口臭がきつくなるだけでしょうが。薬味はアクセントとして少量使うからこそ、おいしいのに。
キッチンから唐揚げを揚げる匂いと音が流れてくる。真理愛は絹ごし豆腐に少量の小口切りにされたネギと適量のしょうゆをかけ、食べはじめる。
斜向かいに座る父は視界に入れないようにする。タンクトップの腋からちらつく、縮れた黒い毛が目障りだから。
不愉快なのは映像だけではない。咀嚼音、安っぽい石鹸の匂い、どうでもいい話題を振ってくること。
真理愛は思春期に足を踏み入れて以来、父のささいな言動が鼻につくようになった。
わたしくらいの歳の女の子は、みんな男親に対して嫌悪感を抱くものみたいだから、しょうがない。
最初はそう割りきっていたが、転校してからは耐えがたさが跳ね上がった。自分からは父にめったに話しかけなくなったし、話しかけられてもよくて生返事、こちらの機嫌が悪いときは無視するようにさえなった。
真理愛のこの対応に、靖彦は「もっと娘とコミュニケーションをとらなければ」という危機感を抱いたらしく、先ほどの「冷ややっこが美味い季節になった」のような、真理愛を無性にいらつかせる発言を頻発するようになった。
『お父さん、わたしにみだりに話しかけないで。わたしは思春期の女子中学生なの。清潔感がない異性の親は、この世界で一番話をしたくない相手。お父さんだって、中学生の娘なんて、この世界で一番話しかけづらい相手でしょ。だったら、無理に話しかけてこなくていいから、黙って食事して。次に一言でも余計なことを言ったら、その瞬間に舌を噛みちぎって自害するから』
そう言ってやろうかとも思ったが、実行には移さなかった。他人につまらないちょっかいをかけるような男ほど自尊心が強い。それを傷つけたら余計に面倒なことになる、と計算したからだ。
なにを言われても無視して、我慢して、いらいらをため込んできた。
空き容量にはまだ余裕がある。ただ、減らす方法が見つかっていないからたまっていく一方。
この不快感、どうにかならないだろうか?
ただでさえ学校でいらいらをため込んでいるのに、こんな不愉快な重荷、いつまでも背負っていられない。さっさと手放してしまいたい。
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