鏖の季節

阿波野治

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 さっき話したように、僕は他人と口頭でコミュニケーションをとることに苦手意識を持っている。わたしとは円滑にしゃべれているじゃないかと、さっき君は指摘したけど、不思議と普通にしゃべれる人間も、数は限られているけどいるんだよ。

 苦手意識は幼いころからあった。一般的に、人見知りをする幼児でも、人生経験を積んでいくうちに症状は和らぎ、たいていはいずれ完治する。だけど僕は、小学生になっても、中学校になっても、人と満足にしゃべれないままだった。コミュニケーションをとりたいけど上手くいかないというよりも、コミュニケーションをとりたいという意欲自体が湧かないんだ。
 人が嫌いで、苦手で、極力接したくなかったし、しゃべりたくなかった。顔も見たくないとさえ思っていた。死ぬまでのあいだずっと、絶海の孤島でたった一人、自給自足の生活を送ることができれば、どんなに生きるのが楽しいだろう、楽になるだろうって、毎日のように想いを馳せていた。そんなことは絶対に無理だとわかっていたけど、妄想するのをやめられなかった。

 そういう子どもだったから、当然いじめられた。反抗も告げ口もしない、いじめる側からすれば好都合な人間だったから、受けた被害は甚大だった。昨日君が話してくれたよりももっと酷いことを何度もされたよ。
 もともと人と関わり合いたくないと考えているから、必然に、学校に行くのをやめて自室にひきこもった。奇しくも今の君と同じ、中学二年生のときだ。

 親は、どう思っていたんだろうね。今となってはわからないけど、本人の努力次第で改善できると楽観していたんじゃないかな。必要なのは、本人のほんの少しの勇気と努力だけだって。僕ががんばりさえすれば、また学校に通えるようになる日が来るって、心から信じていたんじゃないかな。
 僕の推測が正しいのだとすれば、両親は僕という人間をまったく理解していないことになる。だって、その場しのぎ的に感情を抑え込んで、表面的に普通の人間らしく振る舞ったところで、いずれ綻びが生じるのは目に見えているだろう。人としゃべりたくない、関わり合いたくない気持ちは、手つかずのまま健在なわけだからね。

 僕は両親の楽観的な励ましの言葉には一度たりとも耳を貸さなかった。あっという間に義務教育期間が終わった。
 法的に働ける年齢になったのを境に、僕の両親の態度は硬化した。彼らは「学校に行かないなら働け」と毎日のように声を荒らげたけど、それは無謀な要請だ。だって働くというのは、学校生活以上に他者とのコミュニケーションが要求される。量も、質も。学校なら、黙って席に着いて授業を受けていれば、せいぜいいじめられるくらいで済むけど、職場でそれをやったら、給料はもらえないどころか即刻クビだ。
 総合的に考えて、ひきこもっているほうがましだと判断して、僕は現状維持を選んだ。不登校のひきこもりから、ニートのひきこもりにランクダウンしたわけだね。
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