鏖の季節

阿波野治

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「とりあえず、座ろうか」
 昨日座るのに利用した木箱が、昨日と同じ場所に置かれたままになっている。真理愛は俊敏に動き、昨日トモノリが座ったほうの箱に腰を下ろした。その隣に、数秒遅れて彼も腰かける。

「湯田さんは多分気がついていると思うけど、僕はあまり自分のことを話すのが好きではないし、得意でもなくて」
「寡黙な印象はありましたけど、そうだったんですね。どうしてですか?」
「それを説明するのも、自分について話すのと同じだから、あまり得意ではないけど」
 口角に苦笑がにじみ、一瞬で引っ込む。

「僕は人間が苦手で、嫌いで、ずっと孤独に生きてきたからね。話す内容を問わず、口頭でコミュニケーションをとることに苦手意識があって、中でも自分のことを話すのは特に抵抗がある、という感じかな」
「でも、わたしとは普通に話せていますよね」
「そうだね。多分、君を広い意味で同類だと見なしているからじゃないかな」
「同類?」
「君はクラスメイトから、自転車のタイヤを故意にパンクさせられただろう。ようするに被害者だ。自分と同じ弱い人間が相手であれば、心をさらけ出しても支障はないと考えたんじゃないかな。君に失礼な発言になってしまうけど」
「失礼じゃないですよ。全然失礼なんかじゃない」

 むしろ共通項を持てたことがうれしい。失礼かもしれないと気づかってくれる優しさ、それもうれしい。
 もっともっと、トモノリのことが知りたい。トモノリと話をして、訊き出したいし、彼のほうからも話してほしい。

「じゃあ、昨日わたしがいじめのことを話したから、そのお礼として今日はトモノリさんが話す、というのはだめですか? ほら、わたし、言いにくいことを思い切って言ったじゃないですか。特定の個人が憎らしいとか、復讐したいとか。……はっきりとは口にしなかったけど、殺したいとか。わたしが勝手に語っただけだから、図々しいお願いかもしれないけど」
「なるほどね」

 トモノリは深く息を吐いた。小屋の外壁に背中を預けて腕組みをしたが、すぐにほどき、十秒もしないうちに背中も離す。一人合点したようにうなずき、真理愛と目を合わせる。

「君の意見が正しいと思う。好き好んで孤独を生きてきた人間だけど、そんな僕に好意を持って近づいてくれたんだから、少しでもお返しをしないといけない。そう込み入った話ではないけど、他人に身の上話をまともにした経験がないから、まとまりのない、冗長な語りになってしまうかもしれない」
 そう断ったうえで、トモノリは静かに話しはじめた。
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