鏖の季節

阿波野治

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 僕は母方の祖父が昔使っていた小屋――つまり、今僕たちの背後に建っている小屋を、保管されていた工具ごと譲ってもらって、そこで暮らしはじめた。
 今までは工作なんてしたことがなかったけど、暇つぶしにやってみるとなかなか楽しくて、今では立派な趣味の一つという感じかな。机とか椅子とか棚とか、日常でも使えそうなものを作るんだ。一人でできる作業は好きだよ。誰かのためだとか、後世に残そうとかではなくて、ただ好きだから作っている。どこまでも、どうしようもなく自分本位なんだよ、僕という人間は。

 この小屋で生活をはじめて以来、死ぬのが怖いとは思ったことは一度もないよ。……なんとなくさびしい気はするけどね。





 話し終わって一分が過ぎても、真理愛は言葉を発せなかった。
 明かされたトモノリの履歴は、あまりにも壮絶だった。フィクションを凌駕しているという印象を持った。
 前科があると噂されていること。小屋で暮らしていること。感情表現が乏しいこと。
 風変わりな人物だという認識は早い段階からあったが、まさかそんなにも深い闇を抱えているなんて。交流を重ねるうちに、光をもたらす存在としても意識するようになっただけに、なおさら衝撃的だった。

 友だちがほしいのにできず、樹音たちからいじめられ、家族付き合いにもいらいらさせられる。
 地球上を広く見渡しても指折りの不幸な人間に違いないと、真理愛はこれまで自認してきた。
 しかし、彼女よりも確実に不幸な人間が、今目の前にいる。
 なにせ、深い傷を負い、重い過去を背負い、自殺を考えているというのだ。それも、すでに決意をかためているというのだ。

 自ら死を選び、このままならない世界から永別する――。
 そんな解決策、友だちとは無縁の人生を受け、次第に苛烈になりゆくいじめを受けている真理愛でも、頭の隅で漠然と検討してみたことすらない。

「君を困らせてしまったようだね。やはり僕は普通から外れた変わり者らしい」
 苦笑が似合いそうな言葉を、トモノリは真顔で言ってのけた。
「僕が死ぬことに関して、君が心を痛める必要はないよ。君に対しては、こんな僕の話を聞いてくれてありがとうっていう、感謝の気持ちしかないから」
 ひと呼吸を置き、言葉を追加する。
「湯田さんはもう、この場所には来ないほうがいい」

「……嫌。そんなのは、嫌」
 真理愛は弱々しく頭を振った。トモノリの双眸が少し面積を広げた。
「だって、ここに来てはいけないことになったら、居場所がなくなっちゃう……」
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