鏖の季節

阿波野治

文字の大きさ
53 / 107

53

しおりを挟む
 実年齢よりも二・三歳も幼い子どものように浮かれはしゃぎながらも、真理愛はファッションショーを自分一人のものにしていた。着飾った姿を母親に見てもらいたい、という欲求が何度かちらついたが、実行には移さなかった。二度ほど、ドアノブに手をかけるところまでいったが、ドアを開く直前に翻意した。
 真理愛は他者から評価されるのを恐れていた。服は文句なしにかわいいが、身に着ける人間が魅力を欠く分、総合評価は決して高いものにはならない。彼女自身はそう考えていたし、他人の評価もどうせ同じだと決めつけた。
 心がかつてないほど昂っていたにしては早期に、ショーは閉幕を迎えた。

 以来、すみれ色のワンピースはクローゼットの中で歳月を消費してきた。母親から「あのとき買ってあげた服はどうしたの?」と尋ねられれば、それを名目に着たかもしれないが、一度も言われたことがない。自信はいつまで経っても追いついてくれない。最高の一着は、埃を被って賞味期限を迎える運命にあるはずだった。
 しかし、日曜日に玲奈といっしょに遊ぶ約束を交わしたことで、その存在を思い出した。転校してきてすぐにいじめを受け、自分への自信は磨り減っていく一方だったが、心を立て直す絶好の機会が生まれたわけだ。

 総じて地味で無難で没個性な持ち合わせの中、爽やかで気品ある美をたたえたその一着は、燦然と存在感を放っていた。サイズが合うかが心配だったが、杞憂に終わった。すっかり失念していたが、サイズは購入した時点で少し大きめだった。
 姿見の中の自分を見ても、小学生のころのような興奮は湧かない。しかし、ワンピースへの高い評価は不変だ。あのころは、自分は服に見合うような魅力的な人間ではない、という思いが強かったが、時間が経った今では、自分の魅力の乏しさを服が補ってくれる、とポジティブに考えることができた。

 外出の支度を進める中で、作業を一時中断して鏡の前まで行き、整える必要のない髪の毛を何度整えたかわからない。K駅までの所要時間を考えれば少し早かったが、半時間前に自宅を発った。
 玲奈の反応だけを考えていたならば、時間の経過は苦痛なまでに遅く感じられたに違いない。しかし本日の主の目的は、玲奈と二人で遊びに行くこと。今まで友だちがいなかった真理愛にとっては夢のような、薔薇色に輝く未来が待っている。それにまつわる空想を弄んでいれば、時間は矢のように過ぎていく。

 ふと気がついて携帯電話を確認すると、待ち合わせ時刻を三分過ぎている。
 周囲を見回したが、玲奈の姿はどこにもない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

妹の仇 兄の復讐

MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。 僕、寺内勇人は高校三年生。妹の茜は高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。 その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。

処理中です...