鏖の季節

阿波野治

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 玲奈という友人がいて、平日は毎日昼食をともにしているにもかかわらず、二人はおかずの交換をしたことが一度もない。
 真理愛は、いじめられること。玲奈は、樹音に従順な取り巻きを演じること。それぞれ溜め込んだストレスや鬱憤を晴らすべく、諸悪の根源を悪しざまに言うことにエネルギーを注ぐせいで、友人同士であれば当たり前にするささやかな交流を、無意識に二の次にしていたのだ。

 せっかくの機会が巡ってきたというのに、肝心の相手が来てくれないのであれば、シェアする以前の問題だ。上下の歯による圧力を押し返すような食感のエビチリも、透明な熱々の肉汁したたる小籠包も、口に入れる前からあんこの甘さが舌の上に広がるような胡麻団子も、空虚な食品サンプルでしかない。料理の匂いが色濃く漂っているあいだ、真理愛は惨めな気持ちから逃れられなかった。

 昼下がり、日射しが本日最高の鋭さに達したころ、遅まきながら空腹感が追いついた。屋外で過ごすのにちょうどいい気候は、日なたで過ごすには少々暑い気候へと移ろっていた。
 二つ、一気に苦痛の材料が増えたことで、真理愛は弱気に駆られた。泣きたい気持ちだが、涙は遠いような。自主的に降参するつもりはないが、タオルが投げ込まれるのを望む気持ちが頭の片隅にあるような。
 第一に、座りっぱなしで痛み出した尻を楽にしてやるために、第二に、尿意を解消するために、トイレに行った。もう帰ろう、と思いながら排泄し、ベンチに戻る。トイレへの行き帰りには、趣向を凝らした総菜パンなどを売っているパン屋の前を通った。「食べたい」と思ったが「買おう」とは思わなかった。

 とうとう陽が暮れはじめた。
 駅前を行き交う人々はみな真理愛に無関心だ。空は早回しをしたように赤さを増していく。夕焼けが始まったのはつい先ほどだったはずなのに、早くも夜の暗さが現れはじめている。

 午後六時を回ったのを潮に、真理愛は広場を後にした。
 彼女が得た一番の学びは、人を待つのは疲れる、ということだった。





 自分の部屋に入ると、真理愛は真っ先にすみれ色のワンピースを脱ぎ捨てた。
 夕食に呼ばれるまでの推定時間は約十五分と、中途半端だ。疲労感というよりも中途半端さに屈し、下着姿のままぼんやりとベッドの縁に腰かけているうちに気が変わり、脱ぎっぱなしにしていたワンピースをハンガーにかけてクローゼットにしまう。見えにくいように、他の衣服に隠れる位置に吊るした。

 夕食は奇しくも中華料理の餃子だった。
 真理愛は普段の三分の一ほどしか食べられず、両親から心配された。食欲がない、とだけ答えた。両親はそれ以上の追求はしなかった。

 部屋に戻ったあと、ふと思い立ち、すみれの花言葉をインターネットで調べてみた。
「小さな幸せ」だった。
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