鏖の季節

阿波野治

文字の大きさ
55 / 107

55

しおりを挟む
 玲奈という友人がいて、平日は毎日昼食をともにしているにもかかわらず、二人はおかずの交換をしたことが一度もない。
 真理愛は、いじめられること。玲奈は、樹音に従順な取り巻きを演じること。それぞれ溜め込んだストレスや鬱憤を晴らすべく、諸悪の根源を悪しざまに言うことにエネルギーを注ぐせいで、友人同士であれば当たり前にするささやかな交流を、無意識に二の次にしていたのだ。

 せっかくの機会が巡ってきたというのに、肝心の相手が来てくれないのであれば、シェアする以前の問題だ。上下の歯による圧力を押し返すような食感のエビチリも、透明な熱々の肉汁したたる小籠包も、口に入れる前からあんこの甘さが舌の上に広がるような胡麻団子も、空虚な食品サンプルでしかない。料理の匂いが色濃く漂っているあいだ、真理愛は惨めな気持ちから逃れられなかった。

 昼下がり、日射しが本日最高の鋭さに達したころ、遅まきながら空腹感が追いついた。屋外で過ごすのにちょうどいい気候は、日なたで過ごすには少々暑い気候へと移ろっていた。
 二つ、一気に苦痛の材料が増えたことで、真理愛は弱気に駆られた。泣きたい気持ちだが、涙は遠いような。自主的に降参するつもりはないが、タオルが投げ込まれるのを望む気持ちが頭の片隅にあるような。
 第一に、座りっぱなしで痛み出した尻を楽にしてやるために、第二に、尿意を解消するために、トイレに行った。もう帰ろう、と思いながら排泄し、ベンチに戻る。トイレへの行き帰りには、趣向を凝らした総菜パンなどを売っているパン屋の前を通った。「食べたい」と思ったが「買おう」とは思わなかった。

 とうとう陽が暮れはじめた。
 駅前を行き交う人々はみな真理愛に無関心だ。空は早回しをしたように赤さを増していく。夕焼けが始まったのはつい先ほどだったはずなのに、早くも夜の暗さが現れはじめている。

 午後六時を回ったのを潮に、真理愛は広場を後にした。
 彼女が得た一番の学びは、人を待つのは疲れる、ということだった。





 自分の部屋に入ると、真理愛は真っ先にすみれ色のワンピースを脱ぎ捨てた。
 夕食に呼ばれるまでの推定時間は約十五分と、中途半端だ。疲労感というよりも中途半端さに屈し、下着姿のままぼんやりとベッドの縁に腰かけているうちに気が変わり、脱ぎっぱなしにしていたワンピースをハンガーにかけてクローゼットにしまう。見えにくいように、他の衣服に隠れる位置に吊るした。

 夕食は奇しくも中華料理の餃子だった。
 真理愛は普段の三分の一ほどしか食べられず、両親から心配された。食欲がない、とだけ答えた。両親はそれ以上の追求はしなかった。

 部屋に戻ったあと、ふと思い立ち、すみれの花言葉をインターネットで調べてみた。
「小さな幸せ」だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

漆黒の闇から

一宮 沙耶
ホラー
邪悪な霊が引き起こす事件の数々 若い頃から霊が見え、精神を病んでいた私が事件を解決していく ただ、自分も黄泉の世界に巻き込まれてしまう

処理中です...