鏖の季節

阿波野治

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 衝撃だった。
 玲奈は清らかな動機から真理愛に接近したわけではないと隼人は踏んでいた。しかし、まさか、「川真田樹音は湯田真理愛が転校してくる以前、今は同一グループに属している神宮寺玲奈をいじめていた」という嘘をついて、真理愛を騙していたとは思いもよらなかった。
 真理愛は玲奈と知り合って日が浅いから、そんな見え見えの嘘にも気づけなかったのだ。交友関係の狭さゆえに、嘘を知る機会に恵まれなかったのだ。

 友だちのふりをされる。
 裏切られる。
 友だちのふりをしていた期間に得た個人情報をもとに、嘲られ、蔑まれ、罵られる。

「……最悪だ」
 苦虫を噛みつぶしたような顔で隼人は吐き捨てた。
 彼には真理愛の苦しみが手にとるようにわかった。なぜならば隼人も、友だちと呼べる関係の人間を持ったことがない。孤独な人間の心情には深く共感できる。自分を真理愛の立場に置き換えて想像を巡らせるなどという、煩わしいひと手間を挟むまでもなく。

 下校をともにする真理愛と玲奈を尾行したときのことが思い出される。
 あのときの真理愛は心から楽しそうだった。玲奈を友だちだと信じて疑っていない笑い顔であり、はしゃぎ声だった。
 あれが頂点だとすれば、今現在真理愛がいる奈落の底とは、目が眩むほどはるかな懸隔がある。突き落とされたダメージは大きかっただろう。どん底から食らう攻撃のダメージは大きいだろう。

 湯田さんは自ら命を絶つかもしれない。そんな危機感さえ隼人は抱く。
 その兆候を見てとったわけではない。ただ、今回レベルのいじめが今後も続くなら、近い将来に自殺という問題解決手段を閃き、傾倒し、囚われ、決行したとしてもなんら不思議ではないな、とは思う。

 樹音や玲奈に対する憤りの念は当然ある。特に玲奈は、今すぐにでも胸倉を掴んで顔面を殴り飛ばしてやりたいくらいだ。
 一方で、行動を起こす気力を奮い立たせられない現実がある。隼人は樹音たちを強大な敵だと認識しているし、トモノリに返り討ちにされた傷はいまだに癒えていない。

 必然に、隼人の注意は真理愛に引き寄せられる。いじめられる合間に授業を受けているような彼女の一挙手一投足に意識を注ぐ。
「助けて」のサインを送ってくれれば、臆病な俺でも勇気を振り絞れるかもしれない。だから、頼む。湯田さん、形はどうだって構わないから、俺に明確なSOSを送ってくれ――。
 そんな祈りにも似た願いも虚しく、真理愛は呼吸する死人のように有限の時間を空費しつづける。
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