鏖の季節

阿波野治

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「誰も来ないとは知らずに真剣な顔して待っちゃって、凄く滑稽なんだけど」
「おしゃれしてくるって玲奈と約束した割に、そんなにかわいくないよね。湯田、ファッションセンスなさすぎ」
「九時から六時までベンチで座ってたの? そのあいだ、まさか食事もトイレも我慢してたわけ? ただの馬鹿じゃん」
 嘲笑と悪罵はやむ気配がない。

 真理愛はなにも考えられない。教室に前後二枚ある戸のうちの一枚の前で佇んでいるせいで、教室を出入りする者の邪魔になっていると気がつかなければ、永遠にでもその場に立ち尽くしていただろう。
 写真を黒板から取り外す役目は、被害者である真理愛本人に一任された。作業の模様を、樹音たちは滑稽なショーでも観覧するように眺める。他の生徒たちはみな、俯いて押し黙っている。

「はい、ご苦労さま」
 集められた写真を受けとった樹音は、わざわざ椅子から立って真理愛を蹴飛ばした。男子たちがふざけるときに放つような蹴りは、右膝の側面に命中し、真理愛はその場にくずおれた。リアクションが大げさだと思ったらしく、樹音は険しい顔つきで睨み、今度はふくらはぎのあたりを蹴る。そして、手にしていた写真の束をばらまいた。
 真理愛の脳裏を「青春」の二字が過ぎった。拾い集めるのはもちろん、被害者自身だ。

 作業しているあいだ、真理愛はひっきりなしに、教室の後方の書道作品からの視線を感じた。強面だが愛嬌のある作品、つんと澄ましたような作品、神経質そうな作品。様々ある中で、真理愛が書いた「青春」だけが赤字でしたためられているのが注意を惹く。
 しかし、無視した。自分の作業で精いっぱいで、異常に向き合うだけの心のゆとりがなかった。

 拾い集め終えるよりもチャイムが鳴るほうが早かった。
 教室に来た生物教師の今村は真理愛を注意した。それを受けて発生した複数の笑い声を、今村は自分が対象だと誤解したらしく、「授業が始まっているんだから静かにしなさい」とピントのずれたことを口走った。
 今度こそ集めた写真を樹音に手渡し、真理愛は自席に戻った。




 その日一日、真理愛は樹音たちから笑いものにされた。クラスメイトは敵か傍観者しかいないため、全員から笑いものにされているように感じた。
 攻撃は執拗だった。攻め手には事欠かさなかった。なにせ十数日に及ぶ「偽りのトモダチ作戦」によって、樹音たちは真理愛の個人情報とエピソードを大量に入手している。なおかつ、真理愛が他愛のない失敗談として玲奈に打ち明けた過去を、本人の心を深く抉る話へと巧みに仕立て上げる能力を彼女たちは有している。滑稽な聴き間違いは知能の低さの表れと解釈され、遅刻の実績は怠惰な証拠と糾弾され、親子喧嘩の原因は子の精神的未熟さにあると決めつけられる。

 真理愛は耐えがたきを耐えるに終始した。
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