鏖の季節

阿波野治

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「わかった。友だちとして協力する。君にも扱いやすそうな工具、いつでも使えるように準備をしておく。好きな時間に小屋まで来て、自由に持っていって」
「ありがとう」
 唇に唇を押し当てる。鉄と、木と、埃と、土の匂い。これがトモノリの匂いなのだ、と悟る。
 撮影ボタンをタップし、なかば無理矢理引き離す。

 唇が離れたとたん、照れくささが込み上げてきた。真理愛は立ち上がって駆け出す。跳ね回るスクールバッグの攻撃を脚に受けながら、走る。待ち構える樹音たちは、どことなく気後れしたような色を漂わせている。

 要求されるよりも早く、真理愛は携帯電話の画面を見せた。黄色い歓声が上がった。二人の唇は、誰がどう見ても密着している。
 樹音たちが幼稚にはしゃぐ中、真理愛はただ一人、いかにすれば彼女たちを鏖にできるのかを考えている。





 見てしまった。
 なんらかの決定的な情報を掴むのが、尾行という行為の一般的な目的なのだとすれば、隼人は今日それを達成した。

 湯田真理愛、川真田樹音とその取り巻きたち、トモノリ。この三勢力が交差する未来を、尾行を開始した時点では想像もしていなかった。トモノリの小屋がある道は人気がない。誰の邪魔も入らないという環境を活用し、樹音たちは真理愛になんらか過激な真似をしようと企んでいるのではないか。むしろその可能性を危惧していた。
 それがまさか、真理愛がトモノリにキスをするなんて。

 隼人がその瞬間を目撃したのは、道端で見守る樹音たちよりもさらに遠い地点からだったが、それでも、命じられて嫌々したキスではないのがわかった。真理愛はトモノリを情熱的に抱擁していたし、顔の近づけかたも大胆だった。キスの瞬間を撮影した画像を見た少女たちの反応を見た限り、唇と唇が接したのは間違いない。
 キス。湯田さんが、トモノリなんかと。

 両者を結びつけているのは恋愛感情ではないかという疑いは、二人の交流を確認したときから抱いていた。たった今見た光景は、疑いが真実だと証明している。
 だからといって、「やっぱりそうだったんですね」と軽く流せるはずがない。おいそれとは受け入れられない。
 なぜって、隼人は湯田真理愛に恋をしているのだから。

 ひとしきり騒いだあと、樹音たちは真理愛を取り囲んで道を遠ざかっていった。トモノリは小屋に入った。隼人は尾行を断念し、道を引き返す。
 両脚は機械的に動きつづける。靴底が路面を踏みしめるたびに、腹の底から滲み出てくる感情がある。
 怒りだ。嫉妬も憎悪も通り越しての、怒り。
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