78 / 107
78
しおりを挟む
やけに白く見えるトモノリの顔がとうとう隠れた。真理愛は作業の手を少し速めた。
一人分の墓穴を想定していたにしては、穴は深く掘られすぎている。トモノリは本心では、真理愛といっしょに死ぬことを望んでいたのだろうか? そうでなければ、潜在的に。
作業の手が一時停止し、すぐに動き出す。
興味深い議題だとは思うが、取り合わない。もう済んだことだからだ。なにより、仕事を片づけてしまいたい。かけがえのない友人を失った悲しみや喪失感は当然ある。しかし、それは意識の底をしめやかに走る細い流れに過ぎない。
真理愛の心は、世界でただ一人の友人殺した直後にしては冷静だし、冷ややかだ。死の影響をそう強くは受けていない。掘り起こされた土を崩して穴に落としていく単調な作業が、沈着冷静さを堅持する手助けをするかのようだ。
もっとも真理愛自身は、あと一歩のところで冷静になりきれないと感じていた。その一歩を消化したいと焦る気持ちから、シャベルを操る手はともすれば急いた。しかし性急さを自覚するや否や、即座にそれを是正した。故人への敬意を欠いている気がするからだ。
遺体は順調に土に埋もれていき、やがて毛先すらも見えなくなった。
以降の進行は早かった。穴が穿たれていた領域の高度が回りの地面に追いつき、ほんの少し追い越す。靴底で踏み固めるとほぼ同じになった。白日の下で眺めれば不自然な眺めなのだろうと思いながらも、これ以上作業をする気にはなれない。疲労は隠しがたく、完璧主義に徹するのは馬鹿馬鹿しい。
シャベルを小屋の外壁に立てかけ、血に濡れた凶器を手に中に入る。壁を手探りして照明を灯す。言っていたとおり、手製の木台の上にいくつかの工具が置いてある。とても持ちきれる量ではなく、ナップザックでも持ってくればよかったと悔やまれた。使いやすそうなものを見繕って胸に抱え、明かりを消して小屋を出る。両手がふさがっていたのでドアは足で閉めた。
埋葬が完了してしまえば、形だけのさよならを言うのも馬鹿馬鹿しくなるものなのだと、真理愛は知った。
小屋に背を向け、トモノリが埋められている場所は一顧だにせずに歩き出す。
蓄え込んだ肉体的疲労以上に、両手に抱えた数点の工具の総重量以上に、荷物が重たく感じられる。足取りは鈍く、靴底と地表がこすれる音が大きい。深更のしじまの中で響くその音は、孤独な人間の悲痛な哀願にも似ている。
道に出たところで、今宵初めて空を仰いだ。月は雲の向こう側の世界に甘んじていて、光源としての役割を果たしていない。
月が見ていなかったのだから完全犯罪だ、と思ってみる。
完全犯罪というのは、言葉の響きほどよいものではないのかもしれない。そんな気がした。
一人分の墓穴を想定していたにしては、穴は深く掘られすぎている。トモノリは本心では、真理愛といっしょに死ぬことを望んでいたのだろうか? そうでなければ、潜在的に。
作業の手が一時停止し、すぐに動き出す。
興味深い議題だとは思うが、取り合わない。もう済んだことだからだ。なにより、仕事を片づけてしまいたい。かけがえのない友人を失った悲しみや喪失感は当然ある。しかし、それは意識の底をしめやかに走る細い流れに過ぎない。
真理愛の心は、世界でただ一人の友人殺した直後にしては冷静だし、冷ややかだ。死の影響をそう強くは受けていない。掘り起こされた土を崩して穴に落としていく単調な作業が、沈着冷静さを堅持する手助けをするかのようだ。
もっとも真理愛自身は、あと一歩のところで冷静になりきれないと感じていた。その一歩を消化したいと焦る気持ちから、シャベルを操る手はともすれば急いた。しかし性急さを自覚するや否や、即座にそれを是正した。故人への敬意を欠いている気がするからだ。
遺体は順調に土に埋もれていき、やがて毛先すらも見えなくなった。
以降の進行は早かった。穴が穿たれていた領域の高度が回りの地面に追いつき、ほんの少し追い越す。靴底で踏み固めるとほぼ同じになった。白日の下で眺めれば不自然な眺めなのだろうと思いながらも、これ以上作業をする気にはなれない。疲労は隠しがたく、完璧主義に徹するのは馬鹿馬鹿しい。
シャベルを小屋の外壁に立てかけ、血に濡れた凶器を手に中に入る。壁を手探りして照明を灯す。言っていたとおり、手製の木台の上にいくつかの工具が置いてある。とても持ちきれる量ではなく、ナップザックでも持ってくればよかったと悔やまれた。使いやすそうなものを見繕って胸に抱え、明かりを消して小屋を出る。両手がふさがっていたのでドアは足で閉めた。
埋葬が完了してしまえば、形だけのさよならを言うのも馬鹿馬鹿しくなるものなのだと、真理愛は知った。
小屋に背を向け、トモノリが埋められている場所は一顧だにせずに歩き出す。
蓄え込んだ肉体的疲労以上に、両手に抱えた数点の工具の総重量以上に、荷物が重たく感じられる。足取りは鈍く、靴底と地表がこすれる音が大きい。深更のしじまの中で響くその音は、孤独な人間の悲痛な哀願にも似ている。
道に出たところで、今宵初めて空を仰いだ。月は雲の向こう側の世界に甘んじていて、光源としての役割を果たしていない。
月が見ていなかったのだから完全犯罪だ、と思ってみる。
完全犯罪というのは、言葉の響きほどよいものではないのかもしれない。そんな気がした。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
妹の仇 兄の復讐
MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。
僕、寺内勇人は高校三年生。妹の茜は高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。
その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる