80 / 107
80
しおりを挟む
一夜が明けた。
永遠に解き明かすのは不可能だと思えた難問も、いったん距離を置いたうえで見つめ直すと呆気なく正答が判明する、ということがままある。それが隼人の身にも起きた。
両親が眠りに就いた真夜中に決行すればよかったのだ。そうすれば、包丁を持ち出すのも簡単だし、外出したこともばれない。
出発は午前零時半にした。予定ではもう少し遅く出発する予定だったのだが、逸る気持ちを抑えるのが難しかったのだ。
持参する凶器は包丁。同じくキッチンにあった布巾で刃をくるんで保護し、尻ポケットに差す。
軽やかに出かけ、軽やかに殺し、何食わぬ顔で帰宅して眠りに就く。そのつもりでいた。
詳細までは決めていない。どんなふうに刺すか、こう反撃してきたらこう対処する、といったことはまったくの白紙。ただ目的地まで赴いて、ターゲットを刺し殺し、帰宅する。それだけだった。
腹の中で殺意が滾っている。ただ、不思議と高揚感はない。情熱と冷静さを併せ持った現在の心の状態を、隼人は理想的だと認定し、上機嫌になった。それでいて、浮かれすぎるなと己をたしなめるだけの精神的なゆとりがある。
月が雲に隠れた暗い夜だった。人も車もあまり通っていない。隼人は夜間にあまり出歩かないので、普段と比べて多いのか少ないのかは分からないが、どちらにせよ人目が少ないほうが犯行には望ましい。
何事もなく目的地にたどり着いた。
小屋の明かりは点いていなかった。ドアの前まで歩み寄り、顔の右側面を押し当てる。物音も人気も感じられない。風変りな男も夜は普通に眠るらしい。敵の根城に踏み込むのはプレッシャーだが、殺すにあたっては好都合だ。
ドアノブを慎重に回す。鍵はかかっていない。緊張は今や頂点に達している。唾もろとも飲み下し、音を立てないようにドアを開く。
中は真っ暗闇で、その濃密さに軽く気圧された。鉄や木の匂いが複雑に混ざり合った、不愉快ではないが印象的な香気も、心が圧倒された一因かもしれない。
隼人はすぐさま気持ちを立て直し、壁を手探りする。スイッチらしきものを見つけ、多少の躊躇いを感じながらもオンにする。眩しさに一瞬目が眩み、駆け足で順応していく。
視界に飛び込んできた光景に隼人は圧倒された。
空間を埋め尽くす、巨大な物置棚。その棚をほとんど隙間なく埋め尽くす、多種多様な工具や、工具が収納されていると思われる箱の数々。
双眸をしばたたかせながら見とれているあいだ、彼は己の目的を完全に忘れていた。
永遠に解き明かすのは不可能だと思えた難問も、いったん距離を置いたうえで見つめ直すと呆気なく正答が判明する、ということがままある。それが隼人の身にも起きた。
両親が眠りに就いた真夜中に決行すればよかったのだ。そうすれば、包丁を持ち出すのも簡単だし、外出したこともばれない。
出発は午前零時半にした。予定ではもう少し遅く出発する予定だったのだが、逸る気持ちを抑えるのが難しかったのだ。
持参する凶器は包丁。同じくキッチンにあった布巾で刃をくるんで保護し、尻ポケットに差す。
軽やかに出かけ、軽やかに殺し、何食わぬ顔で帰宅して眠りに就く。そのつもりでいた。
詳細までは決めていない。どんなふうに刺すか、こう反撃してきたらこう対処する、といったことはまったくの白紙。ただ目的地まで赴いて、ターゲットを刺し殺し、帰宅する。それだけだった。
腹の中で殺意が滾っている。ただ、不思議と高揚感はない。情熱と冷静さを併せ持った現在の心の状態を、隼人は理想的だと認定し、上機嫌になった。それでいて、浮かれすぎるなと己をたしなめるだけの精神的なゆとりがある。
月が雲に隠れた暗い夜だった。人も車もあまり通っていない。隼人は夜間にあまり出歩かないので、普段と比べて多いのか少ないのかは分からないが、どちらにせよ人目が少ないほうが犯行には望ましい。
何事もなく目的地にたどり着いた。
小屋の明かりは点いていなかった。ドアの前まで歩み寄り、顔の右側面を押し当てる。物音も人気も感じられない。風変りな男も夜は普通に眠るらしい。敵の根城に踏み込むのはプレッシャーだが、殺すにあたっては好都合だ。
ドアノブを慎重に回す。鍵はかかっていない。緊張は今や頂点に達している。唾もろとも飲み下し、音を立てないようにドアを開く。
中は真っ暗闇で、その濃密さに軽く気圧された。鉄や木の匂いが複雑に混ざり合った、不愉快ではないが印象的な香気も、心が圧倒された一因かもしれない。
隼人はすぐさま気持ちを立て直し、壁を手探りする。スイッチらしきものを見つけ、多少の躊躇いを感じながらもオンにする。眩しさに一瞬目が眩み、駆け足で順応していく。
視界に飛び込んできた光景に隼人は圧倒された。
空間を埋め尽くす、巨大な物置棚。その棚をほとんど隙間なく埋め尽くす、多種多様な工具や、工具が収納されていると思われる箱の数々。
双眸をしばたたかせながら見とれているあいだ、彼は己の目的を完全に忘れていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
妹の仇 兄の復讐
MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。
僕、寺内勇人は高校三年生。妹の茜は高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。
その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる