少女と物語と少女の物語

阿波野治

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暗澹たる物語

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 福永さんたちのやり方は幼稚だが、しつこくて悪辣だった。例えば授業中、黒板の文字をノートに書き写していると、

「増田さん、なんだか凄く真剣じゃない?」
「きっと鋭意執筆中なんだよ」

 などと、グループのメンバー同士で言葉を交わす。決まって、クラスのみんなに聞こえる声で。
 わたしは授業中に小説を書いたことはない。あの一件があってからは、学校で小説を書くこと自体がなくなった。彼女たちはそれを承知の上で、わたしを冷やかしているのだ。
 書かなくなったらなったで、そのことをからかいの対象にした。例えば休み時間、自席でぼんやりと窓外の景色を眺めていると、

「どうしたの、増田さん。小説も書かずにぼーっとして。もしかしてスランプ中?」
「小説のアイデアでも探しているの? 校庭、今は誰もいないのに?」

 なにもかも小説に結びつける彼女たちの執拗さに、わたしは萎縮した。ペンが進まない時は、持参した小説の文庫本を読むことにしていたのだが、その習慣も捨てざるを得なかった。結果、休み時間にすることがなくなってしまった。
 わたしは友達がいない。高等部に進学してからの話ではなく、幼少時から一貫して。小説を読み書きすることは、孤独な日々を送る私にとって唯一の楽しみだった。しかしその唯一の楽しみは、福永さんたちの手よって奪われてしまった。

 この問題を解決するには、二通りの方法が考えられた。一つは、からかわれるのを覚悟の上で、休み時間の小説執筆と読書を再開すること。一つは、からかうのをやめるよう、彼女たちのリーダーである福永さんにお願いすること。
 しかし、前者を貫き通すには多大な精神力を要する。後者を選んだとしても相手にしてもらえない可能性が高い。だからといって強硬的な態度に出れば、福永さんとの衝突は避けられない。どちらを選んでもリスクは避けられないのだと思うと、どちらを選ぶのも躊躇してしまう。

 わたしは臆病な人間だ。病的とまでは言えないにしても、自らが傷つくことを強く恐れている。だからこそ、他者と交流するのではなく、物語の世界に没入することに楽しみを見出した。物語が気に入らないならば本を閉じればいいし、自らが望む物語を自らの手で一から創り上げることもできる。誰かに見せない限り、ご都合主義だ、自己満足だと非難されることもない。
 しかし、福永さんに見られてしまった。
 わたしの世界は静かに壊れ始めた。



 福永さんに小説を読まれた三日後の夜、わたしは一編の掌編小説を執筆した。女子校に通うヒロインが、自らの些細な言動がきっかけでクラスメイトから虐めを受けるようになり、やがて不登校に陥る――そんな暗澹たる物語を。
 わたしは遅筆で、短い作品だとしても完成させるまでに何日もかかってしまうのだが、原稿用紙に換算すると十枚少々のその小説は、一夜でほぼ書き上げることができた。出来栄えも上々で、その夜は久しぶりに安らかに眠ることができた。

 数日後、推敲のために小説を読み直して、息が詰まりそうになった。執筆中には全く気づかなかった事実に気づいたから。
 この物語の悲劇のヒロインのモデルは、福永さんだ。
 福永さんに復讐するという、現実世界では絶対に叶えることができない願望を、架空の世界で叶えようとしたのだ。
 福永さんたちがわたしにしたことよりも、ずっと卑怯なことを私はしてしまった。
 激しい自己嫌悪に襲われ、衝動的に原稿を引き裂こうとしたが、寸前で思い留まった。証拠を隠滅するような真似をすれば、今以上に卑怯な人間に堕してしまう気がしたからだ。

 ノートは机の引き出しの奥に仕舞った。
 物語を加筆する機会が巡ってきませんように。
 そう願わずにはいられなかった。
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