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大蛇
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「なるほど、よくわかりました。大蛇はあなたの家までやって来て、その場で食事をするんですね?」
「はい、そのとおりです。物陰からのぞき見たことが何回かあるのですが、すさまじい食欲でした」
「食料は、見たところこの家にはあまりないようですが、集落の人たちが運んでくるんですか?」
「はい。定刻の一時間くらい前から、段階的に」
「なるほど。では、こちらから要望を出すことはできますか? こんな食料を持ってきてほしいとか」
「できますよ。生贄に選ばれた人間の要望は、非現実的なものでなければ聞いてもらえると思います」
「それでは、お酒の用意をお願いしてもらえますか。量は多ければ多いほどいいです。頼めますか?」
「はい、大丈夫だと思います」
戸惑ったような様子を見せながらも、女性はうなずいた。不安はあるが、凪に頼るしか生き残る道はないのだから、凪を信じて行動しよう。そんな胸の内が見え透いた。
不安は凪にだってある。恐怖だって、生贄として大蛇に提供されるのは自分であるかのように強く感じていて、今にも体が震え出しそうだ。思いついた案にすがるしかないのは、発案者自身も同じだった。
やがて、集落の人間が続々と女性宅にやってきた。女性のていねいな説明のおかげで、凪は彼らから不審がられずに済んだ。
大量の酒の注文は、二つ返事で聞き入れられた。酒が入った樽が、そして大量のご馳走が、広いとはいえない庭を埋めつくす。いよいよはじまるのだな、と凪は思う。
女性は清潔感のある白い着物に着替え、陳列された食料の前に正座した。はるか彼方にそびえる山を真正面に見る位置だ。凪は家の中に隠れ、わずかに開いた戸の隙間から女性を見守る。
そして、それはやって来た。
凪が最初に感じたのは、大地の振動とその音。まだ遠いにもかかわらず、体を芯から揺さぶるような力強い響きだ。だんだん女性がいるほうへと近づいてくる。
やがて凪の双眸は、木々を薙ぎ倒しながらこちらへと向かってくる巨大な塊を捉えた。
音を立てているのは、八つの頭を持つヘビの怪物。
その顔は、ヘビではなく人間のそれにそっくりだ。目は鋭く、眉は吊り上がっていて、威圧感がある。すべての顔の口から、真っ赤な舌が炎のようにちらついている。
怪物は女性の目の前で動きを止めた。
女性は体の震えを押さえこもうとするように、胸の前で両手を握りしめている。大蛇は二つの顔で女性を、それ以外の顔で食料を、値踏みするようにまじまじと見つめる。
「ふむ。少し痩せているようだが、なかなかうまそうな女だな」
大蛇の声は腹に響く重々しさがある。どの顔の口も動いているようには見えないのに、声が聞こえてくるのが不気味だ。
「初めて用意された食い物があるようだな。独特の匂いだが、なんという食い物だ?」
「酒という飲み物です。たまには趣向を変えて、あなたさまが口にしたことがないものを用意しました」
女性は表情にこそ怯えをにじませているが、口調は比較的落ち着いている。
「とてもおいしい飲み物ですよ。まずはお酒から召し上がることをおすすめします」
「そこまで言うのなら、味わってやろうじゃないか。入っているのはその樽か? さっさと開けろ」
「はい、そのとおりです。物陰からのぞき見たことが何回かあるのですが、すさまじい食欲でした」
「食料は、見たところこの家にはあまりないようですが、集落の人たちが運んでくるんですか?」
「はい。定刻の一時間くらい前から、段階的に」
「なるほど。では、こちらから要望を出すことはできますか? こんな食料を持ってきてほしいとか」
「できますよ。生贄に選ばれた人間の要望は、非現実的なものでなければ聞いてもらえると思います」
「それでは、お酒の用意をお願いしてもらえますか。量は多ければ多いほどいいです。頼めますか?」
「はい、大丈夫だと思います」
戸惑ったような様子を見せながらも、女性はうなずいた。不安はあるが、凪に頼るしか生き残る道はないのだから、凪を信じて行動しよう。そんな胸の内が見え透いた。
不安は凪にだってある。恐怖だって、生贄として大蛇に提供されるのは自分であるかのように強く感じていて、今にも体が震え出しそうだ。思いついた案にすがるしかないのは、発案者自身も同じだった。
やがて、集落の人間が続々と女性宅にやってきた。女性のていねいな説明のおかげで、凪は彼らから不審がられずに済んだ。
大量の酒の注文は、二つ返事で聞き入れられた。酒が入った樽が、そして大量のご馳走が、広いとはいえない庭を埋めつくす。いよいよはじまるのだな、と凪は思う。
女性は清潔感のある白い着物に着替え、陳列された食料の前に正座した。はるか彼方にそびえる山を真正面に見る位置だ。凪は家の中に隠れ、わずかに開いた戸の隙間から女性を見守る。
そして、それはやって来た。
凪が最初に感じたのは、大地の振動とその音。まだ遠いにもかかわらず、体を芯から揺さぶるような力強い響きだ。だんだん女性がいるほうへと近づいてくる。
やがて凪の双眸は、木々を薙ぎ倒しながらこちらへと向かってくる巨大な塊を捉えた。
音を立てているのは、八つの頭を持つヘビの怪物。
その顔は、ヘビではなく人間のそれにそっくりだ。目は鋭く、眉は吊り上がっていて、威圧感がある。すべての顔の口から、真っ赤な舌が炎のようにちらついている。
怪物は女性の目の前で動きを止めた。
女性は体の震えを押さえこもうとするように、胸の前で両手を握りしめている。大蛇は二つの顔で女性を、それ以外の顔で食料を、値踏みするようにまじまじと見つめる。
「ふむ。少し痩せているようだが、なかなかうまそうな女だな」
大蛇の声は腹に響く重々しさがある。どの顔の口も動いているようには見えないのに、声が聞こえてくるのが不気味だ。
「初めて用意された食い物があるようだな。独特の匂いだが、なんという食い物だ?」
「酒という飲み物です。たまには趣向を変えて、あなたさまが口にしたことがないものを用意しました」
女性は表情にこそ怯えをにじませているが、口調は比較的落ち着いている。
「とてもおいしい飲み物ですよ。まずはお酒から召し上がることをおすすめします」
「そこまで言うのなら、味わってやろうじゃないか。入っているのはその樽か? さっさと開けろ」
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