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策略
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女性は手際よく樽のフタを開けていく。すべての中身が露わになると、大蛇は樽の一つに顔を近づけ、入っている液体に舌を這わせた。凪は固唾を呑んでその様子を見守る。大蛇は女性に向かって言った。
「うまいではないか」
大蛇は他の口も使って酒を飲みはじめた。八つの喉は絶え間なくうごめく。豪快な飲みっぷりだ。ときどき樽から顔を上げ、満足そうにげっぷを吐く。
「うまい、うまい。うまいぞ、この飲み物は。俺に飲ませずに隠しておいたのは、人間にとってもうまい飲み物だからか? 来月からは生贄だけではなく、酒も用意させないといけないな。ああ、それにしてもうまい」
大蛇は夢中になって飲んだ。飲んで、飲んで、飲みつづけた。すべての樽が空になったときには、地面に横たわって大いびきをかいていた。
女性が凪に目で合図を送った。凪は音を立てないように戸を開け、忍び足で女性のもとへ。彼は二本の包丁を握りしめている。
過去の大蛇との戦いで、集落側は数十人の死者を出したそうが、犠牲は決して無駄ではなかった。怪物は驚異的な再生能力を持つが、首をすべて切り落としてしまえば、生命活動を永久に停止させられる。戦いの中で大蛇自身がそう口走ったらしい。
まともに戦えば勝ち目がない。しかし、酔わせて、眠らせて、眠っているところを攻撃すれば、きっと打ち負かせるはず。
凪は包丁の一本を女性に手渡した。二人はうなずき合い、大蛇に向き直る。凪は包丁を高々と振りかざした。
「残念だったな」
突然の声に、振り下ろしかけた刃が空中で急停止する。大蛇の声だ。
凪からもっとも近い場所にある大蛇の口から、いきなり、目にも留まらぬ速さで舌が飛び出した。舌は凪の右手を直撃。包丁は手から離れて空中を飛び、近くの草むらに埋もれた。
大蛇は首の一本を持ち上げ、濁ったビー玉のような瞳で凪を凝視する。視線が重なった瞬間、彼はヘビに睨まれたカエルになった。大蛇はせせら笑う。
「酒ではなくて、お前が木花七海といっしょに飲んだあの飲み物だったなら、俺は酔っぱらっていたのだがな」
* * *
自分は夢を見ているのだと、凪は途中から気がついていた。
己の生死がかかった、緊迫した局面。恐怖は感じていたが、ほんとうに死ぬとは思わなかった。恐ろしい大蛇を前にしても体は震えなかったし、逃げ出そうとしなかった。あまりにも冷静すぎた。「僕は夢を見ているのだ」と理解していたからこそ、冷静でいられたのだ。
大蛇は、凪と七海が公園で飲んだ飲み物に言及した。
大蛇の生贄になった女性の顔は、七海のそれに似ていた。
この二つを考えれば、凪が七海のことを意識していたからこそ見た夢なのは間違いない。
七海似の女性は殺される運命だった。その場面が来る前に夢は終わってしまったが、酔わせて殺す作戦は失敗したのだから、彼女はきっと大蛇に食べられていた。つまり、凪が見たのは悪夢。
僕はなぜ悪夢を見たのだろう。七海は重い病気を抱えているから、暗い夢を見てしまったのだろうか? 今後夢に七海が登場するときは、必ず悪夢なのだろうか?
「まさか――」
そんなはずはない、と思いたい。
七海は「わたしのそばにいると、不思議な出来事が起きる」と言っていたが、今日見た夢がそうなのだろうか? たしかに、こんなにも鮮明でリアルな夢、今までに一度も見たことがない。
夢のことを七海に話してみようか?
そんな考えが頭を過ぎったが、内容が内容だけに気乗りはしない。ため息をつき、ベッドから抜け出す。
凪は学校が終わったら、今日も七海に会いに行くつもりだ。
不愉快な夢のことはもう考えたくなかった。
「うまいではないか」
大蛇は他の口も使って酒を飲みはじめた。八つの喉は絶え間なくうごめく。豪快な飲みっぷりだ。ときどき樽から顔を上げ、満足そうにげっぷを吐く。
「うまい、うまい。うまいぞ、この飲み物は。俺に飲ませずに隠しておいたのは、人間にとってもうまい飲み物だからか? 来月からは生贄だけではなく、酒も用意させないといけないな。ああ、それにしてもうまい」
大蛇は夢中になって飲んだ。飲んで、飲んで、飲みつづけた。すべての樽が空になったときには、地面に横たわって大いびきをかいていた。
女性が凪に目で合図を送った。凪は音を立てないように戸を開け、忍び足で女性のもとへ。彼は二本の包丁を握りしめている。
過去の大蛇との戦いで、集落側は数十人の死者を出したそうが、犠牲は決して無駄ではなかった。怪物は驚異的な再生能力を持つが、首をすべて切り落としてしまえば、生命活動を永久に停止させられる。戦いの中で大蛇自身がそう口走ったらしい。
まともに戦えば勝ち目がない。しかし、酔わせて、眠らせて、眠っているところを攻撃すれば、きっと打ち負かせるはず。
凪は包丁の一本を女性に手渡した。二人はうなずき合い、大蛇に向き直る。凪は包丁を高々と振りかざした。
「残念だったな」
突然の声に、振り下ろしかけた刃が空中で急停止する。大蛇の声だ。
凪からもっとも近い場所にある大蛇の口から、いきなり、目にも留まらぬ速さで舌が飛び出した。舌は凪の右手を直撃。包丁は手から離れて空中を飛び、近くの草むらに埋もれた。
大蛇は首の一本を持ち上げ、濁ったビー玉のような瞳で凪を凝視する。視線が重なった瞬間、彼はヘビに睨まれたカエルになった。大蛇はせせら笑う。
「酒ではなくて、お前が木花七海といっしょに飲んだあの飲み物だったなら、俺は酔っぱらっていたのだがな」
* * *
自分は夢を見ているのだと、凪は途中から気がついていた。
己の生死がかかった、緊迫した局面。恐怖は感じていたが、ほんとうに死ぬとは思わなかった。恐ろしい大蛇を前にしても体は震えなかったし、逃げ出そうとしなかった。あまりにも冷静すぎた。「僕は夢を見ているのだ」と理解していたからこそ、冷静でいられたのだ。
大蛇は、凪と七海が公園で飲んだ飲み物に言及した。
大蛇の生贄になった女性の顔は、七海のそれに似ていた。
この二つを考えれば、凪が七海のことを意識していたからこそ見た夢なのは間違いない。
七海似の女性は殺される運命だった。その場面が来る前に夢は終わってしまったが、酔わせて殺す作戦は失敗したのだから、彼女はきっと大蛇に食べられていた。つまり、凪が見たのは悪夢。
僕はなぜ悪夢を見たのだろう。七海は重い病気を抱えているから、暗い夢を見てしまったのだろうか? 今後夢に七海が登場するときは、必ず悪夢なのだろうか?
「まさか――」
そんなはずはない、と思いたい。
七海は「わたしのそばにいると、不思議な出来事が起きる」と言っていたが、今日見た夢がそうなのだろうか? たしかに、こんなにも鮮明でリアルな夢、今までに一度も見たことがない。
夢のことを七海に話してみようか?
そんな考えが頭を過ぎったが、内容が内容だけに気乗りはしない。ため息をつき、ベッドから抜け出す。
凪は学校が終わったら、今日も七海に会いに行くつもりだ。
不愉快な夢のことはもう考えたくなかった。
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