レム

阿波野治

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岩永の誘い

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「根鈴くん」
 エレベーターで一階に下りた直後に声をかけられて、凪の肩は大きく跳ねた。

 十メートル足らず先、建物の出入り口とは逆方向に伸びる廊下に、岩永看護師が一人で立っていた。
 たたずまいにも、表情にも、特に不自然なところはない。顔見知りの見舞い客が帰ろうとしているのをたまたま見かけたから、あいさつをするために声をかけた。そんな様子に見える。

 ただ凪は、夢に見た大蛇の顔が岩永の顔と似ているのを知っているし、折り鶴を捨てているかもしれないと七海から聞かされたばかりだ。――とても嫌な予感がする。

 岩永が歩み寄ってきた。静かな、落ち着き払った足どりだ。凪は病院の出口を振り返ったが、逃げなかった。

「今から帰るところ?」
「はい。さっき話が終わったので」
「あら、折り鶴。折りながらあの子と話をしていたんだ」

 凪の手元を見ての発言だ。凪は折り鶴を後ろ手に隠したが、そうするのも不自然だと思い直し、腰の横に戻した。そして、首を縦に振った。

「あの子、折り鶴を折るのが好きだからね。他のものも折ればいいのに、鶴ばかり。その一羽はプレゼントされたの? 自分で折ったの?」
「せっかくだから一羽持って帰ってと言われたので、僕の意思で選びました。たぶん、七海が折ったものだと思います。七海の折り鶴は折り目がきれいだから」
「なるほど」

 凪の顔と折り鶴を行ったり来たりしていた視線が、顔へと定められる。

「根鈴くん、少しお話できるかしら? そうね、十分か十五分くらいだけでも」

 突然の提案に、凪は驚き、困惑した。思わず見返した岩永の顔は、やはり夢の大蛇そっくりで、今は無表情だ。

「どうかな? 早く家に帰らなければいけないのではないなら、ぜひ」
「もしかして、七海に関する話ですか」
「そうだとも言えるし、そうではないとも言えるわね。この近くに休憩室があるから、そこで話しましょう」

 はっきりとは言わなかったが、きっと七海の話に違いない。そうでなければ、わざわざ凪に話しかける理由がないではないか。

「わかりました。特に用事はないので、付き合います」
「ありがとう。それじゃあ、移動しましょう」

 靴底が床を叩く音が響きはじめた。凪は従順な召使いのように岩永のあとに続く。二人は一言もしゃべらない。

 岩永の足が止まったのは、廊下の突き当りにある間口の広い一室。七海の病室よりも一回りか二回りほど広い。十あまりの椅子とテーブルのセットが、ゆとりのある間隔を保って配置されている。他にあるのは、自動販売機、観葉植物、雑誌類がまばらに陳列されたマガジンラック。カーテンに覆われていない広い窓越しに、灰色の空が見える。

 中央にある一席に、凪と岩永は向かい合って座る。他に利用者はおらず、静けさに包まれている。話をするには絶好の環境だ。
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