レム

阿波野治

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水没

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 凪は語りに耳を傾ける中で、岩永は看護師という、人間の生死に関わる職業に就いているにかかわらず、「生は無意味だ」と言い切ったことに違和感を覚えた。
 絶対に訪れる死によって、今まで蓄積してきた記憶を失うからこそ、生きることに意味はない。岩永はそう主張しているが……。

「死について考えれば考えるほど、生きることに意味はないんだなって思う。死は絶対的で、動かしようがないから、生きることは無意味というのも絶対。そういうことなんでしょうね」

 岩永はおもむろに手を伸ばし、折り鶴を掴んだ。自分の顔よりも少し高い位置に掲げ、しげしげと眺める。その顔には、相変わらず表情がない。

「――だから、不要物は捨ててしまわないと」

 冷気が立ち昇るような声に、全身に鳥肌が立った。

 岩永の手から折り鶴がこぼれる。凪の口から「あ」という声がこぼれた。赤色の一羽は彼女の紙コップの縁をかすめ、液体の中に落下した。
 コーヒーを体に沁みこませながら、折り鶴はゆっくりと沈んでいく。あざやかな赤色が褐色に染まっていく。
 やがて、折り鶴は完全に水没した。

「根鈴くん、もう帰ってもいいよ。ごめんね、忙しいのに時間をとらせて」

 そっけなく岩永が言う。その目はもはや、折り鶴が沈んだカップを見てはいない。

「コーヒー、飲めば。もちろん、捨ててしまっても全然構わないけど」

 凪はすっかりぬるくなった液体を飲み干し、逃げるように病院をあとにした。


* * *
 

 自室に入ってしばらく経って、心が落ち着くと、岩永月夜に対する怒りがむらむらと湧いた。
 なぜなら岩永は、七海が作った折り鶴を台無しにした。
 ああいうことを平気でする人間だから、「力」を使って七海を疲れさせていたとしてもおかしくない。

「――守らないと」

 岩永さんが使う「力」から、七海を守ってあげないと。
 いつしか、そんな決意が凪の胸に生まれていた。

 具体的な方法はまったくわからない。超能力じみた「力」を使う相手に、平凡な男子中学生が勝てるとは思えない。
 それでも、岩永には負けたくないと思う。

 七海を守りたい。
 岩永の前から逃げ出したような無様な真似は、もうしたくない。
 凪は自分が強い存在だとは思わない。でも、七海のためなら、どんな強敵にも立ち向かえる気がする。

「だって――」
 七海は、凪の人生に光をもたらした人なのだから。
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