レム

阿波野治

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いい加減

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 七海はエレベーターを素通りし、階段を下りはじめた。
 いわく、運動不足を少しでも解消するために、上り下りは基本的には階段を使っている。体調はよくないがどうしても外の空気を吸いたいときは、看護師に付き添ってもらってエレベーターで移動するそうだ。

「そこまでして行くこともあるんだ。いい場所なんだね、中庭は」
「凪くん、それと同じようなこと、公園に出かけたときにも言ったよね。わざわざ行き先に選ぶくらいだから、いい場所なんだろうね、みたいなセリフ」
「そうだったっけ」
「そうだよ。実際はそんなに広くない、ありふれた中庭なんだけどね。気軽に遠くには行けないぶん、ちょっとでも体調がいい日は外に出ておきたくて」

 七海としては、ありのままの思いを口にしただけなのだろうが、凪の心は陰った。もしかすると彼女は、そう遠くない将来、中庭に気軽に足を運べなくなるくらい、病気が悪化してしまうかもしれない。そんな悲観的な考えが胸を過ぎったからだ。


* * * 


「はい、到着です」

 二人の足が止まり、淡い花の香りが凪の鼻孔をくすぐった。
 話をしたり、考えごとをしたりしながらの移動だったので、気がつくと屋外にいたという感じだった。目の前に広がっているのは、四方を建物に囲まれた、広々とした空間。芝生に覆われた地面の上に、レンガ造りの花壇と木製のベンチが配置されている。

「きれいに整備されていて、雰囲気が明るくて、いい感じだね」
「でしょ? 今は誰もいないから、二人占めしちゃおう。お気に入りのベンチがあるから、そこに行こうよ」

 花壇のあいだを縫って移動する。導かれた先にあったのは、木陰に置かれた二人がけの木製のベンチ。
 着席したが、二人ともしゃべり出さない。七海を横目にうかがうと、毛先を指でもてあそんだり、景色を眺め回したり、上半身だけで軽いストレッチのような動作をしたりと、どこか落ち着きがない。
 普段一人でこの場所で過ごすときは、いつもこんな感じなのだろうか? しゃべらないのは、一人のときは黙って過ごすことが多いから? それとも、実は体調が悪くてしゃべる元気もない?

 今日は考えごとばかりしているな、と思う。
 せっかく七海と二人きりなのだから、もっと楽しみたい。それが本音であり、理想だ。
 しかし、胸に抱えている謎を解消しない限り、それも難しいかもしれない。彼女の体をむしばんでいる病気とはなにか、という謎を。

 七海だって、ほんとうは僕に病気のことを打ち明けたいけど、勇気がなくて言い出せないだけなのかもしれない。
 だったら、なおさら、僕のほうから病気のことをたずねるべきだ。

「凪くん」

 話しかけようとすると、逆に話しかけられた。七海は、ほんの少し首をかしげて凪を見つめる。
 その顔は、彼がなにを考えているのかを見抜いていた。そして、求めていた。

『凪くんが隠しごとをしているのはわかっているよ。わたしはもう気づいているから、これ以上隠す意味はない。だから、言って。言いづらいかもしれないけど、思い切って打ち明けて』

 眼差しが、そう訴えている。
 目頭が熱い。凪は洟をすする。なにもかもを見透かされているのなら、隠す意味はない。見透かされているのに隠しつづければ、七海を傷つけてしまう。

 いい加減、前に進もう。
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