レム

阿波野治

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砂を噛むような

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 砂を噛むような日常が凪のもとに戻ってきた。
 彼の心を暗く淀ませるのは、木花七海だ。七海は脳の病気をわずらっていて、あと一か月しか生きられない。その事実に、彼はひどく苦しめられている。

 間接的にとはいえ、事前に知ることができた情報は決して少なくなかった。死に至る病かもしれない、不治の病しれない、という予想はしていた。酷薄な現実を受け止める覚悟はできていたつもりだ。
 しかし、まさか、こんなにもショックを受けるなんて。

 いっしょに会話し、遊び、笑い合った大切な人が、あと一か月で死んでしまう――。

 向き合いたくない、しかし向き合わざるを得ない現実と、どう向き合えばいいのか。
 凪にはそれがまったくわからなかった。岩永にも話したように、身近な人間がもうすぐ死ぬという状況に直面したのは、これが初めてだ。その意味からも、混乱し、戸惑い、苦しんでいる。

 眠るのが怖かった。七海の死を連想させる夢を見たのが原因で、七海の余命が一か月になってしまったわけではないのは、もちろん理解している。それでも怖かった。恐怖は理屈では治療不可能な感情なのだと、身をもって知った。
 一睡もできなかったわけではない。ただ、本格的な眠りからは遠かった。眠っていた、あるは眠りそうになっていたと気がつくたびに、眠ることへの恐怖が高まり、眠りはますます遠のく。

 
* * *


 やがて世界は朝を迎えた。

 平日だから今日も学校がある。しかし、行きたいとは思わない。可能なら、このままずっとベッドの上で過ごしたい。
 学校に行きたくない。凪は毎日そう思っている。しかし今日は、ただそう思うだけではなく、考えを実行に移した。彼が体調不良以外の理由から学校に行かなかったのは、これが初めてだ。

 登校時間になっても部屋から出てこない息子に、両親は一言も声をかけずに出勤した。凪はほっとしたような、さびしいような気持ちになった。

 朝食も、昼食もとらないまま、刻一刻と時は過ぎていく。
 やがて、いつもT市民病院に行く時間が近づいてきた。

「明日も病室まで行く」と、言葉で約束したわけではない。しかし、「今日は帰って」という七海の最後のセリフをひっくり返せば、「明日も来ていい」になる。つまり七海は、凪が来たいなら来ても構わないと思っている。

 しかし彼は、病室に足を運ぶ気にはなれない。理由は、眠れないことと同じく、「恐怖」の一言で説明できた。

 どんな顔をして会いに行けばいいのだろう?
 なにを話せばいいのだろう?
 七海はあと一か月も経てば死んでしまう。そうと知りながら、昨日までと同じように振る舞うなんて、無理だ。

 悶々としているうちに、自宅を発つ時刻になった。
 しかし、体は動かない。鉛のように重たくて、動かそうとしても動かせない。

 やがて凪は、今日は病院に行くのはやめよう、と心に決める。
 一日くらい、会いに行かなくても構うものか。この機会を逃すと一生会えなくなるわけではないのだから。

 方針を決定したとたん、眠気が襲ってきた。

 凪はもう、眠るのが怖いとは思わなかった。まぶたを閉ざし、心地よい脱力感に身を任せた。
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