レム

阿波野治

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凪と岩永

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「会うのは久しぶりね。根鈴くん、木花さんとは仲よくしていたけど、私のことは避けていたものね。なにが原因なのか、さっぱりわからないけど」
「……岩永さん。自分の勤務先が消えているというのに、どうして平然としていられるんですか」
「状況はおおむね理解しているようね」
「病院を消したのも、穴の奥に七海を閉じこめたのも、七海ごと穴を消し去ったのも――岩永さん、あなたの仕業ですね」
「穴に引きこもったのは木花さんの意思よ。私は関与していないわ。だけど、それ以外はすべて正解」

 岩永看護師は真っ赤な髪の毛を耳にかけ、その手を自分の左胸に宛がう。

「私が持つ『力』は、任意の対象に圧力をかけること。圧力の強さは自由自在に調節できて、弱い圧力だと、私に対してただプレッシャーを感じるだけ。圧力を最大にまで高めると、対象の存在そのものを消し去ることができる。そして、消したものは二度と復元できない」

 七海とはもう、二度と会えない。
 話ができない。
 笑顔を見られない。

 激しくこみ上げてくるものがあった。突き動かされるままに、咆哮しながら岩永に突進する。彼女は肩の力を抜いてその場にたたずんでいる。あっという間に、手を伸ばせば触れられる近さにまで来た。
 凪は右拳を振り上げ、岩永の顔面を目がけて振り下ろす。それに応じて、岩永は右手を彼へと突き出した。
 凪と岩永とのあいだで白い光が弾けた。二つの金属の表面同士を高速でこすり合わせたような音が鳴った。
 手応えは、ない。

 凪は自分の右拳に注目した。
 手首から先が消えていた。五本の指も、手の甲も、掌も、みんななくなっている。
 消えた部分と残っている部分の境界線は、まるで鋭利な刃物で切断されたかのように平らで、グロテスクな断面を晒している。それでいて、血は噴き出していない。さらには、痛みがまったくない。

 岩永がただ単に「消す」能力ではなく、「存在そのものを消し去る」能力だと説明したことを、遠い過去の出来事のように思い出した。

 見せつけられ、突きつけられたのは、圧倒的な力の差。
 そして、自分一人の力では絶対に岩永を倒せないという、凪にとって不都合な、しかし厳然として動かしようがない現実。

 絶望感に押しつぶされて、凪は大地に膝をつく。二つの瞳から雫がこぼれ落ちたのが、頬をくすぐる感覚から把握できた。

 凪は力なく顔を上げる。岩永はかすかに口の端を吊り上げた。

「安心して、根鈴くん。あなたは消さないから」

 頭上から降ってきた声は、あざ笑うような響きを含んでいる。

「木花さんのような目にあわせるつもりはないから。木花さんのように、永遠に甦れない、なんていう目にはね」

 凪は無力感を覚えた。絶望よりも深く、重い、無力感だ。

 僕は、七海が一か月経てば死んでしまうことに対して、なに一つ有効な手を打てなかった。
 そして、七海が永遠に消えてしまったことに対しても、なに一つ有効な手を打てずにいる。

 僕は、なんて無力な人間なのだろう。
 こんな現実、受け入れるのは嫌だ。
 この現実が、夢だったらいいのに。
 ……夢だったら。
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