レム

阿波野治

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後始末

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 あらかじめこの場所に来ると決めていた気もするし、気がつくとこの場所まで来ていた気もする。
 足を止めた凪の目の前には、黄金色の橋が架かっている。通行する者は誰もいない。公園の中は、どうやら無人のようだ。

 まずは橋を渡りきる。その直後、目の端になにかがちらついた。振り向くと、濠にたたえられた水の面に、色あざやかなものが映っている。
 折り鶴だ。いつの間にか凪の体に、無数の折り鶴が付着しているのだ。
 触れてみると、紙の手ざわりだ。折りかたは下手ではない。七海が折った折り鶴、だろうか。
 かなりの数だ。ひょっとすると千羽に達しているかもしれない。ありとあらゆる色の折り紙で折られているが、赤色の鶴は一羽もない。

 水際まで下りられる階段があった。鉄の鎖が入口を封じているが、またいで乗り越える。
 階段を下りきると、一畳半ほどのコンクリート製のスペースがある。柵などは設けられておらず、濠の水が断続的に縁を舐めている。
 水際まで移動し、地面に両手をつきながら片脚を水に浸ける。五月の夜の水は、想像どおり冷たい。どのくらい深いのかは、暗さのせいで判然としない。慎重に足を沈めていくと、つま先が底に触れた。靴底を水底にぴたりとくっつける。もう片方の足も同じようにつけて、コンクリートの陸地を掴んでいた両手を離す。水深は股間と腰の中間。靴底にぬめりを感じることなく、安定して立っていられる。

 凪は折り鶴を洗い流しはじめた。
 体に付着した折り鶴の数が減れば減るほど、七海にまつわる記憶が薄れていく。予想していたことではあったが、やはりさびしかった。総数は多いが、根気強く作業を続ける。やめようとは微塵も思わない。

 願わくは、最愛の人に思いを馳せる時間を作りたかった。
 しかし、ある瞬間を境に、自分にとって大切な人が木花七海であることや、その人が死んでしまったこと、二度とは戻ってこないことなど、七海にまつわるあらゆる情報をことごとく忘れてしまった。

 手品のように一瞬でゼロになるのではなく、だんだん薄れていくという形だったから、立ち止まるチャンスはあった。しかし、まだ大丈夫、まだ大丈夫と油断しているうちに、いつの間にか取り返しがつかない領域に足を踏み入れていた。取り返しがつかないことになった、という思いが湧くことすらなかった。

 僕はどうしてこんなことをしているのだろう? 詳しいことはまったくわからないけど、どうやら僕にとって大事な作業のようだから、とにかく完了するまで続けよう。
 そんな思いを胸に、黙々と洗い流した。

 ふと気がつくと、折り鶴は一羽も体に付着していない。

 凪は水から上がった。コンクリートの上にしばしたたずみ、階段を上ろうとして、水を吸った衣服の重たさ、そして歩きづらさに気がつく。水深は腰にも満たなかったが、前屈みの姿勢で作業する時間が長かったため、全身ずぶ濡れだ。上下ともに脱いで雑巾のように絞り、ふたたび身に着ける。階段を上り、虹色の橋を渡る。

 渡りきった瞬間、早く家に帰りたい、という思いに胸が満たされた。しかし、全身は気だるいような重苦しさに包まれていて、足腰が弱った老人のような速度でしか歩けない。
 早く帰りたい。早く、早く。
 もどかしかったが、現状、凪にはそれだけの力しか残されていない。だから、嫌でも老人の歩みで歩むしかない。

 移動距離の割に時間がかかったことを除けば、何事もなく自宅に帰り着いた。両親はまだ帰宅していない。二階の自室に直行し、服を脱ぎ捨ててベッドに潜りこむ。
 そして、飽きるまでノンレム睡眠を貪った。
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