生きづらい。

阿波野治

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メイト

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 食堂で夕食を終えた生徒たちが続々と寮に戻ってくる。二階の西端に位置する一室のドアを潜ったのは、先頭から順に、イザベラ、アデル、シンシア、ヘレン。それに少し遅れて、エミリー。
 本日の講義は全て終了し、後は入浴して就寝するだけとあって、彼女たちはリラックスした表情を見せている。ただ一人、エミリーを除いては。

「エミリー」

 栗色の巻き毛を掻き上げ、ドアを背に佇む少女を肩越しに見やり、イザベラは嫣然と微笑する。

「いつもの儀式を始めましょう。さあ、準備をなさって」

 八つの瞳が行動を促す。エミリーは首肯し、後ろ手でドアの鍵を閉めた。イザベラとヘレンが左に避け、アデルとシンシアが右に避け、二名と二名の間に狭隘な空白地帯が生じた。エミリーはその場所まで移動し、着ているものを淡々と脱いでいく。体から取り外された服は、四人の手によって几帳面に畳まれ、傍らのテーブルの上に置かれる。
 下着姿になり、エミリーは床に正座する。四つの顔が彼女を見下ろす。それらに一様に湛えられているのは、優越感に満ちた、酷薄な微笑。

「エミリー、あなたは豚よ」

 イザベラの声が沈黙を破った。

「自らの醜悪さを棚に上げ、耳障りな鳴き声を上げながら男に媚を売る、浅ましい雌豚よ。この世で最も哀れな畜生よ。――聞いてんのかよ、この糞女!」

 乾いた音が響いた。イザベラがエミリーの頬を平手で打ったのだ。

「やめなさい、イザベラ。みっともない」

 心持ち眉根を寄せ、ヘレンがたしなめた。

「ヘレンの言う通りよ。儀式は厳かに執り行わないと、わたくしたちまで豚になってしまうわ」

 アデルが同意を示した。言われなくても分かっているわ、という風にイザベラは口元を緩め、右手を下ろした。シンシアがエミリーの背後に回り、彼女の頭髪を鷲掴みにして顔を上に向けさせる。イザベラがエミリーの正面に移動する。

「欲しいんでしょう、エミリー?」

 笑いを堪えているかのようなイザベラの表情、並びに声。

「あげるわ。あなたがお望みのものを」

 唇が閉ざされた。口内で舌が蠢き、微かな水音が立つ。首を突き出して真上からエミリーを見下ろし、キスをする形に唇を開く。エミリーは瞼を閉じた。イザベラの唇から透明な液体が溢れ出し、緩慢に垂れる。それはエミリーの右頬に着地し、滑らかな肌を伝って顎へ向かう。先頭が口角の真横に達したところで、イザベラの右手が流れを堰き止めた。

「処女の唾液は魔力を帯びている。浸透させれば豚でさえも美しくなる」

 口ずさみながら、両手で液体をエミリーの顔に塗りたくる。アデルとヘレンも両手を、シンシアも片手を伸ばし、作業に加わる。エミリーは身じろぎ一つしない。
 七つの手は休むことなく動き続けた。エミリーの顔面はあっという間に唾液まみれになり、照明の光を受けててらてらと光る。

「嬉しそうね、エミリー」

 ヘレンが憫笑したが、実際のエミリーは無表情だ。眉をひそめることも口角を歪めることもなく、目を瞑り、唇を閉ざし、顔を上に向けている。

「ねえ、他のものも塗ってはどうかしら? わたくしたちは塗り足りないし、この子は塗られ足りないみたいだし」

 アデルの提案に、他の三人は口を揃えて賛成を表明した。四人はテーブルの上に用意された中から、それぞれ好みの固体や液体を手に取り、エミリーの顔面に塗り付けた。チョコレート、蜂蜜、口紅、絵の具。
 やがて作業に飽きると、四人はエミリーをその場に残してバスルームへ向かった。ほどなくして聞こえてきたのは、はしゃいだような少女たちの笑い声。エミリーは汚れた顔を天井に向けたまま、凝然とその場に正座し続ける。

 やがてネグリジェ姿の四人が部屋に戻ってきた。彼女たちはエミリーには見向きもせずに机やベッドへ向かい、お喋りをしたり、騎士道物語を読んだり、日記をしたためたりし始めた。エミリーは腰を上げ、バスルームへ行く。一時間近くかけて顔と体を綺麗にし、部屋に戻った時には、既に消灯されている。自分のベッドに体を横たえ、瞼を閉じる。



 翌日の早朝、エミリーは目を覚ますと、ベッドから降りて鏡の前に立った。
 映し出されたのは、一点の汚れもない自分の顔。
 肩を叩かれた。振り向くと、ルームメイトの四人が佇んでいる。

「もう朝食の時間よ。さあ、早く支度をなさって」

 イザベラの発言を合図に、四人は一斉にエミリーのパジャマを脱がし始めた。あっという間に下着姿にすると、今度は制服を着せていく。優しい手付き、柔和な微笑み。
 ああ、これで今日の夜までは大丈夫だ。
 エミリーは思わず泣きそうになったが、ぐっと堪え、着替えくらい一人でできるよ、と照れ笑いをしてみせた。
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