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MEGANE
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野々宮野乃は自席に凝然と座り、眼鏡越しに自らの机の天板を凝視するという、特異な方法で休み時間を過ごした。休み時間を自席で孤独に過ごす生徒自体は珍しくないが、彼らは携帯電話を使用するなり仮眠を取るなりして、彼らなりに孤独な時間を有効活用している。文字通り何もせずに過ごす生徒は彼女のみだった。
野々宮野乃と席が隣り合う庄司翔也は、機会を見つけては彼女の横顔を眺めた。彼は、彼女自身を除けば、彼女の休み時間の過ごし方の特異性を把握している唯一の生徒だった。
野々宮野乃が特異な方法で休み時間を過ごす理由を知りたいと、庄司翔也は何時しか思い始めた。だが彼女は、授業で教師から設問の解答を述べるよう求められた時など、どうしても必要な場合にしか他人と口を利かないため、正面を切って問い質しても返答は期待できそうになかった。
*
野々宮野乃が示す特異性に興味を惹かれたため、機会を見つけては彼女の横顔を眺めるようになった。
庄司翔也は長らくの間そう考えてきたが、ある時不意に、それは誤りだと気がついた。
庄司翔也と同年代の人間の感覚からすれば、自席に凝然と座り、自らの机の天板を凝視するという休み時間の過ごし方は、特異以外の何物でもない。彼くらいの年頃の人間は、自らが属する集団内において特異性を示す者を発見した場合、仲間と徒党を組んでその特異性をあげつらい、その者を迫害する傾向にある。クラスメイトが誰一人としてそうしないのは、彼らが未だに彼女の特異性を発見していないことを意味していた。
換言するならば、並大抵の人間が造作なく発見できるほど、野々宮野乃が示す特異性は分かり易いものではない、ということだ。
その決して分かり易くはない野々宮野乃の特異性を、庄司翔也は発見した。彼は並外れた観察眼の持ち主ではないし、彼と同程度に彼女と席が近い生徒ならば他にも数人いる。にもかかわらず、何故なのか?
順序が逆だったのだ。野々宮野乃が示す特異性に興味を惹かれたために彼女に注目し始めたのではなく、彼女に注目し続けたからこそ彼女が示す特異性を発見できたのだ。
では、何がきっかけで野々宮野乃に注目し始めたのか?
その答えは、幾ら思案しても見出せなかった。
*
野々宮野乃が休み時間、自席に凝然と座り、自らの机の天板を凝視して過ごす理由。
野々宮野乃に注目し始めた理由。
野々宮野乃に纏わる疑問が二つに増えたのを境に、庄司翔也はもどかしさを感じ始めた。可能な限り早期に謎を解き明かし、楽になりたいと切に願った。
前者は、幾ら思案しても答えを見出せなかったのだから、自力での解明は断念する他ない。後者は、野々宮野乃を打ち明ける気にさせさえすれば、直ぐにでも解答を得られる。
だが野々宮野乃は、どうしても必要な場合にしか他人と口を利かない。正面を切って問い質しても返答は期待できそうにない。
では、どのような手段に訴えれば、野々宮野乃を打ち明ける気にさせられるのか?
考えに考えた末、庄司翔也は一本の道を見出した。求めている地点に到達できる確証はないが、試しに通ってみるだけの価値がある道を。
*
夕刻。
人気のない畦道。
庄司翔也は足を速め、前を行く野々宮野乃との距離を一気に縮めた。靴音に反応して彼女は足を止め、顔を後方に振り向けた。
その顔から、庄司翔也は素早く眼鏡を取り外した。
眼鏡を掛けていない野々宮野乃は、目が細く見えた。その細い目を限界まで見開いて庄司翔也の顔を凝視する。彼は眼鏡を奪い取った右手を自らの胸まで引き寄せ、彼女から遠ざけた。途端に彼女の頬に朱が差した。
「返して!」
叫び声を上げ、庄司翔也に向き直ると共に右手を眼鏡へと伸ばす。彼が咄嗟に右手を上げたため、野々宮野乃の右手は眼鏡ではなく空を掴んだ。
「返してよ!」
背伸びをすると共に右手を上方に伸ばし、庄司翔也が掲げるものを奪おうと試みた。彼はそれに対抗して自らも爪先立ち、右手を天高く伸ばした。身長差があるため、野々宮野乃の右手は彼の右手には届かない。
「返して! 返して!」
野々宮野乃はジャンプをして身長差を埋めようと試みる。庄司翔也は右手を巧みに前後左右に動かし、彼女の手が眼鏡に触れることを決して許さない。
野々宮野乃と児戯じみた遣り取りを交わす庄司翔也の心は、感動に打ち震えていた。
野々宮野乃に注目し始めた理由。
野々宮野乃が休み時間、自席に凝然と座り、自らの机の天板を凝視して過ごす理由。
二つの謎は同時に解けた。
庄司翔也も野々宮野乃も、孤独感を紛らわせるパートナーが欲しかったのだ。庄司翔也が野々宮野乃の横顔を眺めるのも、野々宮野乃が自席に凝然と座り自らの机の天板を凝視するのも、それ故だったのだ。
二人は無言のシグナルを一方的に相手に送信するばかり、一歩を踏み出せずにいたが、野々宮野乃の眼鏡が見事に仲人役を果たしたというわけだ。
「返してよ! 返して!」
野々宮野乃はなおも眼鏡を取り返そうと奮闘する。
庄司翔也は眼鏡を頭上に高々と掲げたまま、奪ったものを返却するタイミングと、その際に口にする言葉について思案し始めた。
野々宮野乃と席が隣り合う庄司翔也は、機会を見つけては彼女の横顔を眺めた。彼は、彼女自身を除けば、彼女の休み時間の過ごし方の特異性を把握している唯一の生徒だった。
野々宮野乃が特異な方法で休み時間を過ごす理由を知りたいと、庄司翔也は何時しか思い始めた。だが彼女は、授業で教師から設問の解答を述べるよう求められた時など、どうしても必要な場合にしか他人と口を利かないため、正面を切って問い質しても返答は期待できそうになかった。
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野々宮野乃が示す特異性に興味を惹かれたため、機会を見つけては彼女の横顔を眺めるようになった。
庄司翔也は長らくの間そう考えてきたが、ある時不意に、それは誤りだと気がついた。
庄司翔也と同年代の人間の感覚からすれば、自席に凝然と座り、自らの机の天板を凝視するという休み時間の過ごし方は、特異以外の何物でもない。彼くらいの年頃の人間は、自らが属する集団内において特異性を示す者を発見した場合、仲間と徒党を組んでその特異性をあげつらい、その者を迫害する傾向にある。クラスメイトが誰一人としてそうしないのは、彼らが未だに彼女の特異性を発見していないことを意味していた。
換言するならば、並大抵の人間が造作なく発見できるほど、野々宮野乃が示す特異性は分かり易いものではない、ということだ。
その決して分かり易くはない野々宮野乃の特異性を、庄司翔也は発見した。彼は並外れた観察眼の持ち主ではないし、彼と同程度に彼女と席が近い生徒ならば他にも数人いる。にもかかわらず、何故なのか?
順序が逆だったのだ。野々宮野乃が示す特異性に興味を惹かれたために彼女に注目し始めたのではなく、彼女に注目し続けたからこそ彼女が示す特異性を発見できたのだ。
では、何がきっかけで野々宮野乃に注目し始めたのか?
その答えは、幾ら思案しても見出せなかった。
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野々宮野乃が休み時間、自席に凝然と座り、自らの机の天板を凝視して過ごす理由。
野々宮野乃に注目し始めた理由。
野々宮野乃に纏わる疑問が二つに増えたのを境に、庄司翔也はもどかしさを感じ始めた。可能な限り早期に謎を解き明かし、楽になりたいと切に願った。
前者は、幾ら思案しても答えを見出せなかったのだから、自力での解明は断念する他ない。後者は、野々宮野乃を打ち明ける気にさせさえすれば、直ぐにでも解答を得られる。
だが野々宮野乃は、どうしても必要な場合にしか他人と口を利かない。正面を切って問い質しても返答は期待できそうにない。
では、どのような手段に訴えれば、野々宮野乃を打ち明ける気にさせられるのか?
考えに考えた末、庄司翔也は一本の道を見出した。求めている地点に到達できる確証はないが、試しに通ってみるだけの価値がある道を。
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夕刻。
人気のない畦道。
庄司翔也は足を速め、前を行く野々宮野乃との距離を一気に縮めた。靴音に反応して彼女は足を止め、顔を後方に振り向けた。
その顔から、庄司翔也は素早く眼鏡を取り外した。
眼鏡を掛けていない野々宮野乃は、目が細く見えた。その細い目を限界まで見開いて庄司翔也の顔を凝視する。彼は眼鏡を奪い取った右手を自らの胸まで引き寄せ、彼女から遠ざけた。途端に彼女の頬に朱が差した。
「返して!」
叫び声を上げ、庄司翔也に向き直ると共に右手を眼鏡へと伸ばす。彼が咄嗟に右手を上げたため、野々宮野乃の右手は眼鏡ではなく空を掴んだ。
「返してよ!」
背伸びをすると共に右手を上方に伸ばし、庄司翔也が掲げるものを奪おうと試みた。彼はそれに対抗して自らも爪先立ち、右手を天高く伸ばした。身長差があるため、野々宮野乃の右手は彼の右手には届かない。
「返して! 返して!」
野々宮野乃はジャンプをして身長差を埋めようと試みる。庄司翔也は右手を巧みに前後左右に動かし、彼女の手が眼鏡に触れることを決して許さない。
野々宮野乃と児戯じみた遣り取りを交わす庄司翔也の心は、感動に打ち震えていた。
野々宮野乃に注目し始めた理由。
野々宮野乃が休み時間、自席に凝然と座り、自らの机の天板を凝視して過ごす理由。
二つの謎は同時に解けた。
庄司翔也も野々宮野乃も、孤独感を紛らわせるパートナーが欲しかったのだ。庄司翔也が野々宮野乃の横顔を眺めるのも、野々宮野乃が自席に凝然と座り自らの机の天板を凝視するのも、それ故だったのだ。
二人は無言のシグナルを一方的に相手に送信するばかり、一歩を踏み出せずにいたが、野々宮野乃の眼鏡が見事に仲人役を果たしたというわけだ。
「返してよ! 返して!」
野々宮野乃はなおも眼鏡を取り返そうと奮闘する。
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