生きづらい。

阿波野治

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五分休みのせいで

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 僕が小学四年生の時、中休みなるものが作られた。一律十分だった休み時間が、二時間目と三時間目の間だけ二十五分になったのだ。ただ十五分長くなったのではない。一時間目と二時間目の間の十分と、三時間目と四時間目の間の十分と、五時間目と六時間目の間の十分が五分ずつ減らされ、二時間目と三時間目の十分に加えられたのだ。大仰な言い方をすれば、三つの五分間の犠牲によって中休みは誕生した、ということになる。

 その忘れがたい事件が起きたのは、五分しかない休み時間、児童たちの間では五分休みと呼ばれていた時間のことだ。
 その日の日直だった僕は、もう一人の日直の武石さんと共に、授業で使用したプリントを集めていた。みんなが自分の机の上に出してあるそれを、男子の分を僕が、女子の分を武石さんが回収し、それを受け取るために授業後も教室に居残っている先生に手渡すのだ。

 ところで武石さんは、僕が淡い恋心を寄せている相手だった。男子よりも女子の方が精神的な成長が早いから、この年頃の女子はとかく男子を見下しがちだ。特に僕のように引っ込み思案な男子は、からかいの対象にされることがよくある。けれども武石さんは、人を傷つけるような発言は絶対にしなかった。気が弱く、常に周りを気にしていた僕にとっては、好意を抱く理由はそれだけで充分だった。初恋なんて、誰だってそんなものだと思う。
 けれども、その時の僕は、好きな人と日直の仕事を共にしていることを喜ぶ心の余裕はなかった。プリントを受け取るべく、教卓の傍らに佇んで待っているT先生は、僕にとって畏怖すべき存在だったからだ。
 T先生は怒ると恐ろしかった。悪さをした児童だけではなく、ミスをしたり、消極的な態度を見せたりした児童に対しても声を荒らげる先生だった。不器用で、積極性に欠ける子供だった僕は、T先生に最も叱られていた児童といっても過言ではなかった。

 T先生は苛立っているように見えた。五分休みは文字通り五分しかないから、次の授業の準備をするために費やせる時間が少ない。恐らく、苛立っていたのはそのせいだったと思うのだが、はっきりとした理由は分からない。確かなのは、T先生を怒らせたくなかったために、僕は酷く焦っていたこと。酷く焦るあまり、縁をきちんと揃えずにプリントを集めていたこと。その二点だ。

 一足先に僕が回収を完了し、ほどなく武石さんも集め終えた。僕たちは教室の中央付近で合流し、前の休み時間は武石さんがその役目を務めたということで、僕がT先生にプリントを手渡すことになった。僕と武石さんが合流した地点は、T先生が佇んでいる場所からはあまり離れていない。急かすような視線をひしひしと感じながら、二束を一束にまとめ、縁を揃えようとした。けれども、焦りから思うようにいかない。T先生は今にも舌打ちをしそうな気がする。そこで僕は、待たせる時間を少しでも短縮するべく、プリントを揃えながらT先生のもとへ向かうおうとした。
 けれども、不器用な僕にとって、それは無謀な挑戦だった。一歩足を踏み出した瞬間、プリントは手からこぼれ落ち、床に散乱した。教室にいるみんなの視線が僕に集中する。拾うのを手伝おうと、武石さんがその場に屈む。T先生が聞こえよがしに舌打ちをした。

「情けないやつだな、お前は。プリントもろくに揃えられないのか」

 このくらいのことは平気で言う先生だった。T先生に叱られ慣れている僕からすれば、なんでもない言葉だ。けれども、その時の僕は、その発言が聞き捨てならなかった。恐らく、武石さんがすぐ傍にいたからだと思う。あるいは単に、積もり積もったものが溢れ出したのか。
 僕は散乱しているもの拾う代わりに、反抗的な眼差しでT先生を見返した。
 するとT先生はつかつかと僕に歩み寄り、僕の髪の毛を鷲掴みにした。

「自分の失敗を他人のせいにするとは、怪しからんやつだ。お前は到底、社会では通用しない」

 頭が激しく揺さぶられる。T先生は唾を飛ばしながら僕を罵倒する。

「三十を過ぎてもフリーターで、結婚もせずに、金にならない小説を書くような大人に、お前は必ずなる」

 ここまで物語を書き進めて、ペンを持つ私の右手は止まる。
 T先生は僕に歩み寄り、僕の髪の毛を鷲掴みにし、激しく揺さぶりながら「お前は社会では通用しない」と言った。それは紛れもない事実だ。けれども、それより後の先生の発言内容は、僕の創作だ。
 あの日に起こった出来事の一部始終を、記憶に忠実に原稿用紙に写し取りたい。
 そう願った瞬間から、何十回、何百回と書いているのに、T先生の最後の台詞がどうしても作り物になってしまう。
 原稿用紙を丸め、ゴミ箱に投げ入れる。
 物語はいつになったら完結するのだろう?
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