僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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「やあ」


 半信半疑な気持ちで、午後五時までの果てしない時間を過ごした僕を軽やかに笑い飛ばすように、レイは右手の掌を顔の高さにかざした。
 昨日とカラーリングが違うだけの長袖のTシャツに、膝が擦りきれたブルージーンズ。顔見知りの自宅に小一時間遊びにくるだけにしては、大きすぎるように感じられる黒いリュックサックは、今日も彼女の背中にある。ただし、昨日よりもずっと軽いはずだ。

「曽我、菓子と飲み物は用意している? 今日はそんなに持ってこなかったけど」
「大丈夫だよ。ちゃんと用意してあるから」
 昨日、レイが帰ったあとすぐに、いつもゲーム機の乾電池を買うコンビニまで買いに行ったのだ。

「そっか。ひきこもりがちな生活を送っているって聞いたから、心配したけど」
「必要なものを買いに行くくらいはするから。この前言ったでしょ、ゲーム機の電池を買いに行くって。ていうか、ひきこもりがちだっていう話、進藤さんにしたかな」
「曽我のおばさんから聞いた。高校を退学したって教えてもらったときに」
「……ほんと余計なことしか言わないな」
「曽我、怖い顔になってるよ。全然怖くないけど」
「ごめん。家でうるさいのは父さんのほうなんだけど、母さんは外でうるさいわけか。油断できないな」
「ひきこもっていたら止めようがなくない? おばさんは外に行っちゃうんだから」
「完全なひきこもりじゃなくて、ひきこもりがちなだけだから」
「どうでもいいけど、そろそろ部屋に行かない? 立ち話するの、あたしは曽我ほど好きじゃないから」
「あ、ごめん」

 昨日の時点で、ものすごく話しづらいという感じではなかったが、今日はいっそう滑らかに言葉を交わせている。

 自室まで移動すると、さっそく用意した菓子と飲み物を見せ合った。スーパーやコンビニで普通に買えるありふれた菓子ばかりだが、ちょっとした話のタネくらいにはなる。「この商品はよく買うの?」とか、「何味が好き?」といったふうに。その他愛のなさがかえって効果的だったようで、緊張はすっかりほぐれた。
 目鼻立ちは意思が強そうで、にこやかにしゃべる人ではなくて、学校の中でも外でも人付き合いを好まなくて……。
 近づきがたい印象に騙されて気づくのが遅れたが、進藤レイはなかなか話しやすい人ではないかと思う。


 昨日とは違って、僕は菓子を積極的に口に運んだ。読む一冊に選んだのは、昨日と同じ不良漫画。たぶん、昨日僕がその作品を読んでいるのをレイが見ていて、続刊を持ってきてくれたのだろう。漫画の総数は前日の半分ほどに減ったにもかかわらず、全体に占めるその不良漫画のシリーズの割合は増加していた。
 好みに合致する作品ではないという評価は、残念ながら既読ページ数を重ねても変わらない。それでもその作品を読みつづけたのは、彼女の好意に報いたかったからなのだと思う。
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