僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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「なかなか心が痛い指摘だね。あたしも、気に食わないものはばっさり斬り捨てちゃうタイプだから」
 おそらくは今日漫画を読みはじめてから初めて、レイは顔をこちらに向けて発言した。かすかな苦笑いが満面に行き渡っている。

「まあ、あたしはたとえ思ったとしても、心の中に留めておくけど。思うだけなら自由だからね。誰かの趣味に難癖をつけるって、ださいよ。反発を受けるリスクを避ける意味でも、絶対にそうしたほうがいいのに、口に出さないと気が済まない馬鹿が一定数いるんだよね。なにが面白いのかさっぱり理解できないし、理解したいとも思わないけど」

 僕はレイの言葉がうれしかった。人としゃべることに苦手意識を持っていて、好き好んで人としゃべろうとしない僕の、しゃべらないという行為は罪ではないと肯定してくれたように感じたから。

 以降は両者ともに口数が減ったが、言葉のやりとり自体は散発的に発生した。漫画の内容に言及することがあれば、日常茶飯の話題が取り上げられることもあった。一貫していたのは、リラックスできる和やかな雰囲気。発言が途切れる時間帯もあったが、気まずくも苦痛でもなかった。むしろ心地よかった。
 どうやら、僕たちはお互いに、静かに過ぎゆく穏やかな時間を愛しているらしい。

「曽我、じゃあね」
「進藤さん、ありがとう。また明日、楽しみにしてる」
 昨日と同じく、原色の赤色の夕日を背景に僕たちが交わしたやりとりは、昨日とは比べ物にならないくらい簡潔だった。思い描いた明日が訪れると信じて疑わなかったから、くどくどとやりとりする必要がなかったのだ。

 レイの心の中までは分からない。しかし、「思い描いた明日」のヴィジョンは二人とも同じはずだ。僕はそう固く信じた。
 いつまでも信じていたかった。


* * * 


 ニートで、半ひきこもりで、二者択一の進路に懊悩して、ありあまる時間をゲームで遊んでつぶす。
 進藤レイの「出現」以降、そんな僕の生活は刷新された。

 ニートという身分は不動だ。
 最低限必要な用事ができたとき以外、家の外に出ない生活に変わりはない。
 進路については、相変わらず毎日長時間悩んでいる。悩まされている。
 暇つぶしのお供は今日も、おそらくは明日以降も、ずっとゲームのままだろう。

 基本的な生活スタイルや、していることに大きな変化があったわけではない。ただそこに、夕方の五時から六時にかけての一時間、進藤レイと過ごすというイベントが新たに加わった。
 たったそれだけのスパイスで、僕の日常は劇的に変わった。
 頭の中も、行動も、レイが最優先になった。たった一時間のイベントを中心に、僕の生活は回りはじめた。

 僕の輝かしい暗黒時代が幕を開けたのだ。
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