僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 夕方五時を回り、今日もレイが曽我家を訪問した。昨日おとといと同じ「やあ」のあいさつを、僕は特別なものだとは感じなかった。

 僕は当たり前のようにレイを我が家に招き入れ、レイは当たり前のように足を踏み入れる。僕の自室へと移動し、食べたい菓子の袋を開け、読みたい漫画のページをめくる。
 すべては流れるように進行する。三回目にして早くも、僕たちは二人で過ごす夕方のひとときを当たり前のものにしつつあるらしい。

「曽我ってポケモンが好きなんだよね」
 訪問から十分ほどが経ったころ、おもむろにレイが確認をとってきた。出入口近くの壁に背中を預けていて、その手にあるのは今日も『ドラゴンボール』だ。
『キャプテン翼』を読んでいた僕は、ページをめくるのをやめて発言者に注目した。彼女の視線の方向は、自分が読んでいる漫画ではなく僕だ。

「そうだよ。暇つぶしにゲームをしているって前に話したと思うけど、それがポケモン。子どものときからずっと遊んでいるから、好き半分、惰性半分って感じかな」
 好きになったいきさつとか。一日にどれくらい遊んでいるのかとか。そういった質問をされるのではないかと予想し、どう答えようか考えはじめたのだったが、レイの思惑は違うところにあったらしい。

「今も遊んでいるということは、ゲーム機は持っているんだよね。ソフトも含めて」
「もちろん。今日だって、進藤さんが遊びにくる直前まで遊んでいたし」

レイはあごをしゃくった。ゲーム機を出して、という意味らしい。学習机の引き出しから紫色の一台を取り出し、顔の高さにかざしてみせる。彼女はもう一度あごを軽くしゃくってみせ、

「じゃあ、遊べば」
「えっ? どういう意味?」
「そのままの意味。あたしは漫画が好きだから漫画を読んで、曽我はゲームが好きだからゲームで遊ぶ。そういう意味」
「同じ部屋にいるけど別々のことをする、ということだね。でも、それってどうなの? いっしょにいる意味がないっていうか」
「あるよ。……いや、ないのかもしれないけど、仮にないのだとしても、あたしたちは今日も含めた三日間、その無意味なことをやってきたわけだよね。一冊の漫画を顔を寄せ合って読むことはなかったし、同じ袋に手を突っこんで菓子を食べることもなかった。『漫画を読む』とか『菓子を食べる』とか、広い意味では同じことをしたと言えるかもしれないけど、実際には別行動だった」
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