僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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「高校生になる前からずっと、しんどい思いをしてきた。こんな生活がこの先も長く続くんだろうって、半分以上諦めていた。だけど、曽我のおばさんから曽我のことを聞かされて、閃いたんだ。自分と同等か、それ以上にみじめな境遇に甘んじている曽我を、自分の心の安定のために利用してやろうって。こっちの家庭の事情はベールに包まれたままだから、まっとうな人生、まっとうな高校生活を送っているあたしが救いの手を差し伸べるという形にすれば、ありがたがって首を縦に振ってくれるかな、と思って」
「……そうだったんだ」
「そうだよ。思いつきじゃなくて、計算にもとづいた提案だったの。綿密とは口が裂けても言えないけどね。曽我と言葉を交わす機会はちょくちょくあったから、付き合っていてストレスを感じる人間ではないのは分かっていたし。だから曽我が前向きな返事をくれたときは、誇張でもなんでもなくてガッツポーズしそうになったもん。ああ、これでやっと心安らげる時間が確保できたぞって」

 話すかたわら、時おり僕へと投射される視線からは、自責と反省、両方の感情がうかがえた。己の高慢さを深く恥じている目だ。
 でも、僕はうれしかった。
 だってレイは、こんな僕を必要としてくれたのだから。高校を中退して、ニートで、半ひきこもりの僕のような人間を、利用する価値があると見なしてくれたのだから。
 自分のちっぽけさを恥じる気持ちは、笑ってしまうくらいに呆気なく消滅していた。

 レイは己の行為を恥じているようだが、そもそもの動機が同情に値するものだから、傲慢だとも身勝手だとも僕は思わない。
 むしろ、感謝している。心が、体が、今にも打ち震えそうなくらい感動している。涙の気配さえ目の奥に感じて、まばたきの頻度は高まった。

「家に居場所がないんだったら、外をほっつき歩けばいい。他人様の家に押しかけて迷惑をかけるな――。
 そういう意味のこと、たぶん曽我も思ったと思うんだけど、でも、それは無理なんだ。難しいんだ。わたし、一人で屋外を出歩くのが苦手で。といっても、曽我みたいに親しい人間がいっしょの場合は別だよ。だけど、一人だと絶対に苦しくなる。確実に怖くなる。人混みなんかは最悪だ。ただ歩いているだけでも呼吸が早くなって、息が詰まりそうになって、逃げ出してしまう。逃げ出したくなる、じゃなくて、実際に逃げ出しちゃうの。
 人気のない場所に逃げこんだとしても、安息からは程遠い。周りばかり気にしてしまって、気になってしまって、心が休まらない。家の中の空気も最悪だけど、歩き回る労力を消費しないぶん、そのほうがましっていうか。
 ようするに、外の世界が怖いということなんだと思う。怖いから、信頼がおける人がそばにいてくれないと、肩の力を抜いて景色のいい小道を歩くことすらもできない。
 ……この感覚、曽我に共感してもらうのは難しいと思う。そもそも上手く説明できているか怪しいし」
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