僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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「いや、分かるよ。進藤さんの気持ち、とてもよく分かる」
 その言葉に、レイが僕の顔を真っ直ぐに見つめてきた。 

「僕も外の世界が怖いよ。買いたいものがあるときはコンビニに行くって話したと思うけど、逆に言えば、必要なとき以外はまず外出しない。ニートなのに平日の昼間から出歩くのが恥ずかしい、とかじゃなくて、人に話しかけられるのが怖いから。前に言ったように、僕は人としゃべるのが苦手だから……」
 僕はレイの目を見返しながら話す。レイは僕から視線を逸らさない。同じ部屋の中にいながら、たっぷりと物理的な距離をとっているからこそ、そうするだけの勇気を持てたのだと思う。僕だけではなく、おそらくは彼女も。

「話を聞いた限りだと、進藤さんはただ外に出るだけで怖いみたいだから、僕と感じている恐怖とは違う。でも、人混みが怖いとか、人気のない場所でも心が落ちつかないっていうのは、僕も同じだよ。人としゃべりたくないからだけじゃなくて、それも負けないくらい嫌だったんだって、進藤さんの発言を聞いて気がついた。
 乱暴かもしれないけど、僕たちは「人間が怖い」っていう共通点を持った、似た者同士なんじゃないかな。
 性格も趣味も、なにもかも違うけど、根っこの部分でかなり似ていると思う。進藤さんにとってはうれしくない指摘かもしれないけど」

 レイはなにか言いたそうにしているようにも見えたが、唇は開かれなかった。だから、僕は話を進めた。 

「価値観も、利害も、一致していると思うんだよね。僕が暇なのは事実だし、なにより、進藤さんといっしょに過ごすのは楽しい。僕にとって、君と過ごす時間は暇つぶしなんかじゃない。それ以上のものだ。君が帰ったあとでその日の一時間のことを考えるとか、君が来ない土日にさびしい気持ちになるとか、進藤さんと過ごす時間が日常になった影響、かなりあるよ。むちゃくちゃある。たとえば、庭の草刈りを手伝ってもらったときのことなんだけど」
「うん」
「草刈りが終わったあとで、コンビニにアイスを買いに行ったよね。そこで進藤さんが、たまたま店に来た、同級生の男子? 分からないけど、僕たちと同年代の男子と話をしているのを聞いて、その男子に嫉妬したこともあったよ。さすがに一時的なもので、今はもうなんとも思っていないけどね。それくらい、進藤さんの存在は僕の中では大きくて」

 振り返るたびに、あの話の流れの中で、石沢の件に触れられたのは大きかったと思う。僕が打ち明けた嫉妬の感情に、進藤さんが嫌悪感を抱かなかったのを確認できたという意味でも。本音を押し殺して「今はなんとも思っていない」と断言したことで、ほんとうにその件をなんとも思わなくなったという意味でも。
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