僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 クリスマスでさえも――正確には三日前だが――そんな調子で過ごした僕たちだから、新年度初日も普段どおりだった。
 三が日は両親が休みだったので、日課が再開されたのは四日から。クリスマスケーキの件があったのと奇しくも同じ、本番から三日ずれた計算になるが、そのことと正月ムードからは程遠かったのとはあまり関係がないと思う。

「あけましておめでとう」
「進藤さん、あけましておめでとう」

 初めて気がついたときは驚いたのだが、その日僕たちは「今年もよろしく」という決まり文句を交わさなかった。
 十二月二十二日の会話の一部を鮮明に覚えていることからも分かるように、なんらかの節目となる日に交わしたやりとりは、たとえささいなものでも記憶に留めている場合が多い。つまり、二人とも「今年もよろしく」と言わなかったのは、まぎれもない事実。
 あのときの僕たちは、年が新しくなってもこの関係は当然続いていくものと、信じて疑わなかったのだ。

「お年玉、曽我はもらった?」
「まさか! ニートの身分でそんなもの、もらえるわけないよ」
「世知辛いね。受験生なのに」
「ほんとそう思う。高卒認定試験は夏だから、緊張感からは程遠いけど」
「それを言ったら大学受験なんて来年だから、来世の話みたいなものだね。……しかし、それにしても寒いな」 

 軽く眉をひそめてみせたレイも、「ほんと寒いよね」と応じた僕も、うらはらに玄関からなかなか移動しようとしない。去年の二十二日から数えて二週間、会えなかった分だけ蓄積したしゃべりたい気持ちが、寒さから逃れたい欲求に勝ったのだ。風も穏やかで、耐えられない寒さではなかったとはいえ、この優先順位。
 あのころの僕たちは、若かった。青かった。
 当時からそう時間は経っていないのに、そんな年寄りじみたことを思ってしまう。

「曽我は正月に餅は食べた?」
「元日に雑煮が出たけど、その一回だけだったよ。おせち料理のお重が並べられるわけでもなく。うち、そういう行事的なことには冷淡だから」
「正月らしくない正月だったわけだ。さびしいね」
「まあね。でも、おせち料理はそんな好きじゃないから」
「同感。黒豆とか、昆布巻きとか、見た目からして食欲湧かないし。まあ、あたしは雑煮もおせちも食べてないけど」
「なんだ。進藤さんもさびしいじゃないか」
「でも、お年玉はもらったから」
「マジで? いいなー。何円?」
「秘密。大金ではないけどね。そんなことより、いい加減寒くなってきたから、入ろう。コーヒー淹れてよ。舌が火傷するほど熱いやつ」
「了解」

 初詣の話題はいっさい出なかった。そのイベントを嫌忌する一般的な最大の理由は人手の多さだが、すでに三が日は過ぎ去っているから、少なくとも混雑はしていないはずだ。さらに言えば、最寄りの神社は歩いて行ける範囲内にある。一時間半の制限時間内に到着して、参拝を済ませて帰宅して、コーヒーを飲む時間くらいならば充分に捻出できる距離に。
 それにもかかわらず、僕たちがその道を選ばなかったのは、平穏な日常を愛していたから。その一言に尽きると思う。
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