僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 二月に入ると死ぬほど寒い日が続いた。
 寒い。それだけを理由に外出をためらう日も数えきれなかったが、幸いにも僕とレイの自宅は徒歩十秒の距離にある。
 僕たちが暮らす地域にとっては珍しく雪が降った日も、レイは僕の家までやってきた。肩に散った雪を手で払い、「おじゃましまーす」と間延びした声で言って家に上がる。

「すごく降ってる」
 レイのつぶやきが静寂を破った。ベッドで仰向けになってゲームをしていた僕は、音源へと顔を振り向けた。
 彼女はいつの間にか窓際に佇んでいた。カーテンの右半分を全開にして、窓外を眺めている。ガラスの向こう側に広がる世界で、無数の雪が妖精のように舞っている。

 僕は思わず息を呑んだ。
 降雪の激しさにではなく、レイの横顔に。
 美しい、と思った。
 真剣なわけでも、憂えを帯びているわけでも、儚げなわけでもない。それなのに、目が離せない。上手く言語化できないが、とにかく惹きつけられるものがそのときのレイの横顔にはあった。瞳の漆黒がいつもにも増して艶やかで、雪の純白と好対照だ。顔の特定の部位でも、顔全体でもなく、すべてのパーツが魅力的だった。

 僕はたぶん、雪に見とれている横顔を見た瞬間、安定した関係が細く長く続く中で失念していた、魅力的な異性としてのレイを思い出したのだと思う。
 なぜだろう、安楽にベッドに寝そべり、呑気にゲームをしているのが、無性に恥ずかしくなってきた。そんなことをしている場合じゃないだろう。もう一人の自分が真面目腐った声でそう苦言を呈した。

 僕はきしむ音を立てないように注意しながら体を起こし、ベッドから下りる。少し逡巡したが、レイの隣に並ぶ。普段もこの位置関係になることはままあるが、その場合よりも肩幅半分ほど広めに距離をとった。なんとなく、そうしたほうがいいと思ったから。
 気配を感じたらしく、レイがゆっくりと僕を振り向く。まともに視線がぶつかる。レイは真顔だ。逸らそうとするそぶりは見せない。「なんの用?」と眼差しで問うてすらいない。だんだん照れくさくなってくる。
 もしかすると、僕の頬は紅潮しているのかもしれない。そう疑った瞬間に限界が来て、視線を窓外へと逃がした。 

 降りしきる雪は、最初に窓外をうかがったときとまったく同じ軌道を描いているように見える。部屋の中は身震いしそうになるくらいに静謐だ。外の世界も同じように静かに違いない、と考える。そう信じたのではなく、信じたかった。
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