僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 いずれの大学にも、実技試験と学力試験、そして面接試験がある。前の二つはどちらかをパスできれば合格できるという規定だ。

 己の才能に自信を持っている人間にとっては、実技試験はプレッシャーがかかる関門かもしれないが、つい先日書く喜びに目覚めたばかりの僕にそんなものは無縁だ。
 初心者も同然なのだから、実技試験は落ちて当たり前。高卒認定試験と大学入学共通テストに備えて日々高めていた学力を活かして、学力試験を突破すればいい。
 そう割り切れたので、ほどよく肩の力を抜いて学力試験の勉強に専念できた。そして、課題に取り組むのに疲れ、就寝時間も近づく深夜になると、大学ノートを開き、ペンの赴くままに文章を書きつづるのだ。 

 目標が定まったことで、勉強に対する情熱が湧いた。気持ちが伴ったことで、集中力が増した。勉強に充てる時間は長くなり、必然にゲームに費やす時間は減った。

 ただし、もちろん、レイが遊びにきたときは例外だ。
 彼女との過ごしかたに劇的な変化が起きたわけではないが、こまかい変化であれば随所に現れた。試験勉強に取り組む時間が長くなったのに伴い、週三日か四日の約一時間半の休息が、相対的に価値を増した影響だ。
 ゲームは、レイが来たときだけ電源を入れるようにしたので、親から新作ソフトを買ってもらった小学生のように夢中で遊んだ。菓子、中でも甘い菓子は積極的に摂取した。会話に関しては、以前よりも明らかに多弁になった。

 一つ一つはそう大きくないが、重なり合ったことで目立ったのだろう。レイも僕の変化には気がついたようで、
「どうしたの、曽我。最近、なんていうか、調子よさそうだけど」
 訝るというよりも、からかうような声音でそう指摘してきた。

「そう? そんなふうに見える?」
「まあね。なにかあったの?」
「いろいろと分からなかったことが分かるようになって、ちょっと手応えを感じているところ。これという出来事があったわけではないんだけど」
 僕の言葉を信じたのか、信じていないのか。少なくとも大きな嘘が含まれているわけではないと判断したらしく、「それはなにより」と言って読書に戻った。

 進路を決めたことは秘密にした。言いたい気持ちはあったが、あえて黙っておくことにした。
 事実を告げることで、なんらかの不都合が生じるのを危惧したわけではない。レイはむしろ、自分のことのように喜んでくれるだろう。
 それでも言わなかったのは、合格を報告するさいに、あの日のレイのアドバイスがきっかけで目標が決まったのだと伝えて、彼女の喜びの涙を引き出したいという、ささやかな願いが芽生えていたからだ。

 その願いを実現するためにも、勉強、勉強、勉強だった。
 点数は高ければ高いほどいい。油断が慢心を生むのがなによりも恐ろしかったので、とにかく気を抜かないように心がけた。代償として、体力と気力をごっそりと持っていかれたが、耐え抜けば必ずや光が降り注ぐと信じ、日々努力を重ねた。最初は突っ走りすぎて息切れすることもあったが、失敗を重ねたことで学習し、要領を掴み、がんばりすぎないようにがんばるのが上達した。

 大変だし、疲れるが、晴れやかな充実感があった。
 それはきっと、目標に向かって邁進する者だけが得られる報酬なのだろう。
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