わたしと姫人形

阿波野治

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二日目 その5

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 本に興味があるかと姫に問うてみると、「うーん」という曖昧な言葉が返ってきた。
 あるにせよないにせよ、いっしょに店の中まで来てもらうつもりだ。わたしが本屋に寄るのは、自分が読む小説を買うため。店内には座れる場所が多くあるし、子ども向けの書籍も充実している。短時間なら苦痛なく過ごせるはずだ。

「わたしはあっちに置いてある本を見てくるから、姫はここで絵本を読みながら待ってて」

 十人も入れば満員になるだろうか。ボールがほとんど入っていない代わりに、アナログな玩具がいくつか用意されたボールプールの前で、姫に指示を与える。絵本や児童書の陳列棚に隣接した、小さな子どもとその保護者のために設けられた空間だ。
 現在その場所にいるのは、総勢五名。ボールプールの縁に腰かけて児童書を読んでいる、姫と同年代の女の子。絵本を読み聞かせ、謹聴している、若い女性と三歳くらいの男児。寝そべって動物図鑑を読み耽っている、小学校低学年と思われる男女は、きょうだいだろうか。広さ的にも雰囲気的にも充分なゆとりがあるから、リラックスして過ごせるはずだ。

「どの本を読めばいいの? すごくたくさんある」
 本棚を眺め回しながらの質問だ。

「気になったものを読めばいいよ。たとえば、ほら」
 絵本と児童書の多くは、表紙が見える形で陳列されている。わたしはその中から、黒猫が描かれた一冊を手にとる。タイトルは『山でのできごと』。黄色い首輪をつけた緑色の瞳の黒猫が、自らの足元に転がっている白く丸い石を見つめている、というイラストが描かれている。

「この絵本はたぶん、黒猫が出てくるお話だと思うけど、姫は読んでみたい? 読みたくない?」
「読みたい」
 ピンク色の瞳は黒猫へと注がれている。少なくとも、絵本にまったく興味がないわけではないようだ。

「それじゃあ、これを読みながら待ってて。内容が気に入ったらずっと読んでいればいいし、気に入らないなら他の本に交換すればいいよ。読み終わった本を元の場所に戻すのを忘れないようにね。すぐに戻ってくるから。分かった?」
 黒猫から顔を上げ、こくりとうなずく。

「じゃあ、ちょっと待ってて。すぐに戻ってくるから」
 再びうなずいたので、うなずき返してその場から離れる。
 角を曲がる直前に様子を窺うと、姫はボールプールの中に入っていた。片隅で正座をして、『山でのできごと』を読んでいる。表情は真剣だ。あの様子ならば大丈夫だろう。

 目的の棚に向かう道中、雑誌コーナーに平積みにされていた雑誌にわたしの目と足は止まる。
 純白のワンピースを身にまとった少女が、カラフルな花畑の中で蒼穹を仰いでいる。頭からは狐の耳が生え、ワンピースの裾からはふさふさとした黄金色の尻尾が飛び出している。写真週刊誌で、狐の獣人の少女のグラビアが巻頭に掲載されているようだ。
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