わたしと姫人形

阿波野治

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三日目 その9

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『さる焼きって、なんなの?』
 昼食の食器洗いをしているさなか、「夕方には予定どおり猿焼きに行くから」と告げたところ、姫にそう問われた。
 姫はダイニングテーブルの椅子ではなく、リビングのソファに腰を下ろし、シュークリームをつまんでは口に運んでいた。昨日、荷物持ちをしてくれたお礼にコンビニで購入したものだ。買った直後のティータイムにわたしも何個か食べたが、姫は味が気に入ったようなので、以降は譲っている。食後や間食など、機会を見つけては少しずつ食べていて、パックは今日中に空になるだろう。

 そのときは曖昧に笑ってやり過ごした。食事中には相応しくない話題だったからだ。姫の関心はどちらかというとシュークリームに向いていたらしく、食い下がってはこなかった。

「猿焼きというのはね」
 イベント会場であるK町の空き地を目指す道中、わたしは遅まきながら回答を口にする。時刻は午後五時前。空にはまだ、夕焼けの兆候は観測できない。
 姫は最初きょとんとしていたが、昼間の疑問に対する回答だとすぐに気がついたらしい。時間を置いての返答に、深遠な意味が内包されているとでも思ったのか、わたしに向けられた瞳は淡い緊張を帯びている。

「そう身構えなくてもいいよ。ちょっと怖いと感じるかもしれないけど、そう深刻な話ではないから」
 姫に笑いかけてから説明に入る。

「猿焼きというのは、簡単に言えば、地域に棲息する猿を捕獲して、生きたまま焼くイベントだよ」
「生きたまま、やく……」
「猿を入れた檻を広場の中央に集めて、一気に燃やすの。自分が殺されるってはっきりと分かるんだろうね。汚い話だけど、糞を投げつけてくる個体なんかもいて、とにかく凄まじいの一言で」
「さるは、なんでやかれるの? わるいことをしたから?」
「うーん、どうなんだろう。一応そう説明されているけど、『人類と、それに友好的な種族の繁栄を祈って、猿を生贄に捧げる』という名目で開催されるイベントだからね。極端な話、地区に棲息している猿の中に悪さをした個体が一匹もいなかったとしても、捕まえて焼くことになるんじゃないかな」

「それに友好的な種族の」という文言が付け加えられたのは、姫人形を含む、家庭用アンドロイドの普及が進んだことと関連があるらしい。獣人の騒動とも関係があるそうだが、詳しい事情までは把握していない。
 人間に従順なアンドロイドは、人間の味方。人間に物申す獣人は、人間の敵。そう短絡的に考えている人間は、この世界に多いように思う。わたしはそれに当てはまらないが、獣人の権利や歴史に無関心という意味では、明らかに多数派に属している。

 無関心なりに、たまにこう思うこともある。
 それでは、アンドロイドと獣人の関係はどうなのだろう、と。
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