わたしと姫人形

阿波野治

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三日目 その8

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「へえ、面白いね。なんの芽が出るかは分からないんだって。買いたい植物が決まっていないんだったら、こういうものもいいかもしれない」
 姫は棚を食い入るように見つめていたが、おもむろに顔をわたしに向け、
「これにする。これがいい」

「もっと他の植物を見なくてもいい?」
「うん。これに決めた」
 姫はその場にしゃがみ、最下段、左から四つ目のポットを迷いなく手にとる。その手つきの優しさと、芯に宿るある種の力強さが、彼女の意思を不足なく説明していた。

「それじゃあ、お金を払いに行こうか」
 姫はほほ笑んでうなずいた。自身が抱えているポットからいつか萌え出て、咲き誇る一輪を先取りして表現したかのような、可憐な笑顔だった。


* * * 


 帰宅するとすぐさま、植物を植木鉢に移植する作業を行った。主に姫が手を動かし、必要に応じてわたしがサポートする形だ。
 移植ごてとじょうろは物置部屋にあった。ハーブを育てていたときに使用したものだ。
 乾いた土を捨て、柔らかい土を庭の地面から調達し、育苗ポットから抜き出した土くれを植木鉢に埋める。姫は全体的にぎこちない手つきながらも、無難にこなした。

 仕上げにじょうろで植木鉢に水をあげ、日当たりのいい場所に置く。水を与えたからといって、すぐに芽が出てくるわけではない。それは姫も分かっているはずだが、植木鉢の前にしゃがみ、湿った土から視線を外そうとしない。

「さあ、もう家の中に入ろう」
「……うん」
 何回か呼びかけると、渋々といった様子で立ち上がった。後ろ髪を引かれる思いに負けてしまわないように、姫の手を引いて庭をあとにする。一鉢の植物を移植しただけにしては泥がつきすぎているようで、子どもらしい不器用さと熱心さがほほ笑ましかった。

「め、いつ出るのかな?」
「ちゃんと世話をし続けていたら、いつかきっと出てくるよ。水やり、毎日できる?」
「うん。ぜったいできる」
「道具の片づけも忘れないでね」
「うん。わすれない」

 じょうろを新調しよう。今家にあるものは、大きすぎて重いし、見た目がかわいくない。道具一つでやる気が持続するのであれば、安いものだ。移植ごては当分使う機会がないだろうから、買い換えるのはひとまずじょうろだけ。今日の午後は猿焼きに、明後日は「犬祭り。」に行くから、買い物は明日にしよう。買い置きの食料が尽きるころだから、ちょうどいい。
 こうやって、スケジュール帳の空欄はひとりでに埋まっていく。
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