わたしと姫人形

阿波野治

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三日目 その17

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 一方のわたしは、マツバさんが持っていないものを持っていた。だからこそ、悲劇を回避できた。
 姫の庇護者に相応しい人材は、マツバさんではなくわたしだ。
 優越感、それに伴う喜び、二つの感情がわたしの胸を満たしている。人間かもしれない焼死体の衝撃も、この感情の踏み台に過ぎなかった気がした。心が高ぶるあまり、子どものころに参加した地元の祭りや、食べたことがある屋台の食べ物についてなど、どうでもいいことばかりをしゃべった。 

 会場の出入口に到着したときには、袋は空になっていた。
 袋をごみ箱に捨て、公衆トイレの洗面台で手を洗ったところで解散となった。大学の友だちが来るかもしれないので、マツバさんはもう少し広場に残るという。

「今日は姫のために、いろいろありがとう」
「ううん、平気です。子どもと話をするのは大好きだし、あんこボールは安いですから」
「お礼がしたいから、またいつかわたしの家まで遊びに来て。姫も喜ぶと思うし」
「えっ、ほんとですか? 私、社交辞令も本気にとっちゃいますよ?」
「いいよ、本気にとってくれて。お茶とお茶菓子くらいしか出せないけど」
「充分すぎます! それでは、近いうちにお邪魔させてもらいますね。ナツキさん、姫ちゃん、また今度ね」
 マツバさんはわたしたちに向かって手を振る。姫は手を振り返し、わたしは会釈でそれに応えた。

 帰り道、わたしたちは猿焼き会場で見聞きしたことについて話した。マツバさんに影響されたらしく、姫は普段よりも饒舌だった。


* * * 
 

 帰宅すると、姫は真っ先に植木鉢に水をあげた。わたしに命じられたからではなく、自主的に。道具の片づけもちゃんとした。植木鉢を前にしゃがみ、黒い土を見つめる真剣な横顔を見て、これならば大丈夫だと確信した。

 夕食を食べたあとはだらだらと時間を消費した。わたしはダイニングテーブルで携帯電話をいじり、姫はリビングのソファでテレビを視聴する。
 どうにかならないものか、と思う。テレビすなわち悪だと断罪するつもりは毛頭ないが、暇を潰す手段がそれ一つというのは不健全だ。
 姫が楽しめるものを買ってあげなかったことを悔やむ気持ちが、またわたしの胸に浮上した。
 この状況、姫はどう思っているのだろう。「これが欲しい」とはっきりと主張してくれれば、その望みを叶えるために行動するのに。

 出会ったばかりのころよりも距離は縮まったのはたしかだが、気安く本音を言い合うにはまだ遠い。それが現状なのだろう。
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