39 / 91
三日目 その16
しおりを挟む
「あっ! 姫ちゃんだ」
マツバさんの声に我に返る。あんこボールの屋台のほうを向くと、こちらへと戻ってくる姫の姿が見えた。行きと同じく、急いているわけでも悠長なわけでもない足取り。紙袋を大事そうに胸に抱えている。
「ちゃんと買えたんだ。賢いね! 偉い、偉い!」
マツバさんの右手が姫の頭を撫でる。姫は照れくさそうにマツバさんを見返し、わたしの顔を見る。わたしは「よくできました」と姫を褒め称えた。
姫が無事におつかいを完遂したのは喜ばしいが、黒焦げ写真に対する疑惑は晴れない。仮に屍骸が人間のものだとすれば、そんなものを姫に見せたくない。
「あんこボール、歩きながら食べない?」
わたしの提案は快諾された。
わたしたち三人は横一列になり、屋台に沿って会場を歩きながら、袋からあんこボールをつまんで食べる。袋を持つ係は、真ん中を歩く姫だ。
「んー、美味しい! あつあつのあんこって、なんでこんなに美味しいんですかね? やっぱりあんこボールは最強のスイーツですね!」
マツバさんは小腹が空いていたらしく、積極的に口に運んでいる。周囲の人間を問答無用で笑顔に変えてしまいそうな、満面の笑みだ。甘いものが好きだからか、それとも空腹だったのか、食欲なら姫も負けていない。空腹ではなかったわたしも、「せっかくだから」とマツバさんにすすめられて一つ口にした瞬間、中毒性を孕んだ美味しさの虜になった。
リラックスしたムードの中、わたしはマツバさんに対して優越感を覚えていた。
たしかに、マツバさんは子どもの扱いかたが上手い。お姉さんのように牽引しながらも、基本的には友だちのように接している。それが姫の心を多少強引ながらもしっかりと惹きつけ、広い意味での好意を獲得している。
ただ、母親の視点を持てていない。
だからこそ、姫に猿焼きの写真を見せようとした。子どもに喜んでもらえそうなものは、種類を問わずに積極的に与えよう。そう自分勝手に、なおかつ短絡的に考えて、死体が写っている写真を見せようとした。
『そんなものを見せて、一生癒えないトラウマを植えつける結果になったら、マツバさんはどう責任をとるつもりだったの?』
そう問い質せば、「姫を不幸な目に遭わせようと思ったわけではない」とマツバさんは弁明しただろう。「想像が及ばなかっただけだ」と。
しかし、親や保護者の立場に立つ人間に必要なのは、なによりもその力なのではないか、とわたしには思える。目先の快楽のために子どもを甘やかすのではなく、中長期的な未来も視野に入れて、ときには心を鬼にするべきだ。
猿焼きの写真の場合、姫が積極的に見たがったわけではない。マツバさんは、写真を見ると姫が喜ぶに違いないと独断し、行動に移した。ようするに、広義の想像力はある。しかし、その行為にはどのような危険性が潜んでいるのかという、狭義の想像力が伴わなかったせいで、危うく姫に不幸な体験をさせるところだった。
マツバさんの声に我に返る。あんこボールの屋台のほうを向くと、こちらへと戻ってくる姫の姿が見えた。行きと同じく、急いているわけでも悠長なわけでもない足取り。紙袋を大事そうに胸に抱えている。
「ちゃんと買えたんだ。賢いね! 偉い、偉い!」
マツバさんの右手が姫の頭を撫でる。姫は照れくさそうにマツバさんを見返し、わたしの顔を見る。わたしは「よくできました」と姫を褒め称えた。
姫が無事におつかいを完遂したのは喜ばしいが、黒焦げ写真に対する疑惑は晴れない。仮に屍骸が人間のものだとすれば、そんなものを姫に見せたくない。
「あんこボール、歩きながら食べない?」
わたしの提案は快諾された。
わたしたち三人は横一列になり、屋台に沿って会場を歩きながら、袋からあんこボールをつまんで食べる。袋を持つ係は、真ん中を歩く姫だ。
「んー、美味しい! あつあつのあんこって、なんでこんなに美味しいんですかね? やっぱりあんこボールは最強のスイーツですね!」
マツバさんは小腹が空いていたらしく、積極的に口に運んでいる。周囲の人間を問答無用で笑顔に変えてしまいそうな、満面の笑みだ。甘いものが好きだからか、それとも空腹だったのか、食欲なら姫も負けていない。空腹ではなかったわたしも、「せっかくだから」とマツバさんにすすめられて一つ口にした瞬間、中毒性を孕んだ美味しさの虜になった。
リラックスしたムードの中、わたしはマツバさんに対して優越感を覚えていた。
たしかに、マツバさんは子どもの扱いかたが上手い。お姉さんのように牽引しながらも、基本的には友だちのように接している。それが姫の心を多少強引ながらもしっかりと惹きつけ、広い意味での好意を獲得している。
ただ、母親の視点を持てていない。
だからこそ、姫に猿焼きの写真を見せようとした。子どもに喜んでもらえそうなものは、種類を問わずに積極的に与えよう。そう自分勝手に、なおかつ短絡的に考えて、死体が写っている写真を見せようとした。
『そんなものを見せて、一生癒えないトラウマを植えつける結果になったら、マツバさんはどう責任をとるつもりだったの?』
そう問い質せば、「姫を不幸な目に遭わせようと思ったわけではない」とマツバさんは弁明しただろう。「想像が及ばなかっただけだ」と。
しかし、親や保護者の立場に立つ人間に必要なのは、なによりもその力なのではないか、とわたしには思える。目先の快楽のために子どもを甘やかすのではなく、中長期的な未来も視野に入れて、ときには心を鬼にするべきだ。
猿焼きの写真の場合、姫が積極的に見たがったわけではない。マツバさんは、写真を見ると姫が喜ぶに違いないと独断し、行動に移した。ようするに、広義の想像力はある。しかし、その行為にはどのような危険性が潜んでいるのかという、狭義の想像力が伴わなかったせいで、危うく姫に不幸な体験をさせるところだった。
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる