わたしと姫人形

阿波野治

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三日目 その16

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「あっ! 姫ちゃんだ」
 マツバさんの声に我に返る。あんこボールの屋台のほうを向くと、こちらへと戻ってくる姫の姿が見えた。行きと同じく、急いているわけでも悠長なわけでもない足取り。紙袋を大事そうに胸に抱えている。
「ちゃんと買えたんだ。賢いね! 偉い、偉い!」
 マツバさんの右手が姫の頭を撫でる。姫は照れくさそうにマツバさんを見返し、わたしの顔を見る。わたしは「よくできました」と姫を褒め称えた。

 姫が無事におつかいを完遂したのは喜ばしいが、黒焦げ写真に対する疑惑は晴れない。仮に屍骸が人間のものだとすれば、そんなものを姫に見せたくない。
「あんこボール、歩きながら食べない?」
 わたしの提案は快諾された。

 わたしたち三人は横一列になり、屋台に沿って会場を歩きながら、袋からあんこボールをつまんで食べる。袋を持つ係は、真ん中を歩く姫だ。

「んー、美味しい! あつあつのあんこって、なんでこんなに美味しいんですかね? やっぱりあんこボールは最強のスイーツですね!」
 マツバさんは小腹が空いていたらしく、積極的に口に運んでいる。周囲の人間を問答無用で笑顔に変えてしまいそうな、満面の笑みだ。甘いものが好きだからか、それとも空腹だったのか、食欲なら姫も負けていない。空腹ではなかったわたしも、「せっかくだから」とマツバさんにすすめられて一つ口にした瞬間、中毒性を孕んだ美味しさの虜になった。

 リラックスしたムードの中、わたしはマツバさんに対して優越感を覚えていた。
 たしかに、マツバさんは子どもの扱いかたが上手い。お姉さんのように牽引しながらも、基本的には友だちのように接している。それが姫の心を多少強引ながらもしっかりと惹きつけ、広い意味での好意を獲得している。
 ただ、母親の視点を持てていない。
 だからこそ、姫に猿焼きの写真を見せようとした。子どもに喜んでもらえそうなものは、種類を問わずに積極的に与えよう。そう自分勝手に、なおかつ短絡的に考えて、死体が写っている写真を見せようとした。

『そんなものを見せて、一生癒えないトラウマを植えつける結果になったら、マツバさんはどう責任をとるつもりだったの?』

 そう問い質せば、「姫を不幸な目に遭わせようと思ったわけではない」とマツバさんは弁明しただろう。「想像が及ばなかっただけだ」と。
 しかし、親や保護者の立場に立つ人間に必要なのは、なによりもその力なのではないか、とわたしには思える。目先の快楽のために子どもを甘やかすのではなく、中長期的な未来も視野に入れて、ときには心を鬼にするべきだ。

 猿焼きの写真の場合、姫が積極的に見たがったわけではない。マツバさんは、写真を見ると姫が喜ぶに違いないと独断し、行動に移した。ようするに、広義の想像力はある。しかし、その行為にはどのような危険性が潜んでいるのかという、狭義の想像力が伴わなかったせいで、危うく姫に不幸な体験をさせるところだった。
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