わたしと姫人形

阿波野治

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五日目 その9

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「わたし、子どものころからマジケンのことが大好きで、ずっと、ずっと、会いたいと思っていました。だから、願いが叶ってとても嬉しいです。嬉しいので、ファンなので、だから、だから――わたしを抱きしめてくれませんか」

 マジケンは小さくうなずき、大きく両手を広げた。わたしは一歩彼へと近づく。
 マジケンは両手をわたしの背中に回し、抱きしめた。
 力強くて、でも優しくて、ふかふかした体毛が肌に心地いい。マジケンの腰に両手を添え、頬擦りをする。

 ああ、来てよかった。
 胸を張って断言できる。今、世界でもっとも幸福な人間はわたしだと。 

 長いような短いような時間が流れ、マジケンはわたしから体を離した。そして、姫を見下ろす。
「どれ、この子も抱きしめてあげよう」
 凛とした声で宣言し、その場にしゃがむ。マジケンと姫の顔の高さがほぼ同じになった。わたしのときと同じく両手を広げ、姫と視線を合わせる。
 マジケンの双眸が見開かれた。

「マジケン……?」
 黒い鼻が盛んにうごめく。もう一度呼びかけようとした瞬間、マジケンは言った。
「この子どもはアンドロイドだな。人間ではない」
 思いがけない強い語気に、わたしは息を呑んだ。マジケンは立ち上がり、わたしを睨みつける。

「私は機械風情とは、獣人や人間のように触れ合うことをよしとしない。アンドロイドの幼さに免じて、私と同じ空間に身を置いたことに関しては不問に付してやる。失せろ」
「えっ……。なんで、ですか。アンドロイドだけが駄目なんて、そんなこと――」
「当選メールが有効なのは『一組二名』だぞ? アンドロイドの数えかたは一体、二体、三体――『体』だ。『名』ではない」

 頭が混乱している。返すべき言葉を懸命に模索したが、見つからない。マジケンは舌打ちし、叫んだ。
「失せろと言っているんだ……!」
 胸を強く突かれた。上体が後方に大きく傾く。背中になにかがぶつかった。そのなにかを巻きこむ形で倒れこみ、鈍い音が立った。素早く体を起こし、下敷きにしてしまったなにかを直視して、わたしは絶叫した。

「姫!」
 姫は仰向けに横たわっている。パステルピンクの瞳は灰色に濁り、左側頭部に生じた傷口から、体内に組みこまれた機械の一部が覗いている。
「姫! 姫!」
 身じろぎ一つしない姫にすがりつく。背後のドアが開く音が聞こえた。マジケンは肘掛け椅子に腰を下ろし、深々と息を吐いた。
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