78 / 91
灰島ナツキ その10
しおりを挟む
わたしとしては、働きたくても働けないのは人が怖いせいだ、その責任はひとえに母親にある、と思いこみたかった。しかし、実際は甘えていた。毎月銀行口座に振りこまれる仕送りの額が多く、働かなくとも生活には困らないどころか、意識して節約すれば貯金ができるくらいに金銭的に余裕があったから、働かなかった。
ほんとうの意味で独り立ちをして、母親から決別したい。
形の上では母親から独立した現在の環境で、気楽な生活を送りたい。
わたしが選んだ生きかたは、後者だった。
言いわけの言葉は様々思いつく。強いて一言で表すならば、わたしの心が弱いから、ということなのだろう。
ただ、そんな暮らしが許されるのも、わたしが二十歳の誕生日を迎える前日まで。
それは分かっている。ひとときも忘れたことがない。しかし、危機感を行動に結びつけられないまま、期限まで一年を切った。
不安感が友人になった。憂うつな気分ではない時間のほうが短かった。
ミクリヤ心療内科に通院するようになったのは、この時期からだ。
母親との確執、働く意欲が湧かないこと、真の独り立ちに対する不安。それらの詳細を語る義務を怠けて、とにかく毎日が憂うつで仕方がない、言いようのない不安感に常に苛まれている、というふうにわたしは訴えた。大らかで優しいミクリヤ先生は、わたしが久しぶりに巡り合えた、話をしていて心安らげる人だった。週に一度、一定の時間だけ彼と言葉を交わすこと、それ自体が目的となり、抱えこんだ大問題は置き去りにされた。
問題解決のヒントとなる言葉は、診察のさなかにミクリヤ先生の口から発せられた。
不安感や憂うつさをまぎらわせる方法として、友人を作るという案は毎回のように挙がっていた。わたしはそのたびに、そもそも出会いがない、人付き合いは気疲れがして億劫だ、などと言いわけを並べ立ててきた。それに対して先生は、わたしの卑怯な弱さを責めるのではなく、それとなく話題を変えるのを常にしていた。しかし、その日、彼はひとり言のようにこうつぶやいた。
「今は家庭用アンドロイドの普及も進んでいますし、お財布との相談になりますが、購入を検討してみてもいいかもしれませんね。私は所有したことがないのですが、ここ数年で性能は飛躍的に向上したと聞きますし」
アンドロイドの存在はもちろん知っていた。ただ、わたしがアンドロイド、特に家庭向けに販売されている愛玩用のそれに抱いていたイメージは、後ろめたい欲望の捌け口として誂え向きな、高性能な人形。乱暴な言いかたをすれば、公の場に連れ歩けるラブドールのようなもの。だから、友人の代替品になり得る、という評価にははっとさせられた。
ほんとうの意味で独り立ちをして、母親から決別したい。
形の上では母親から独立した現在の環境で、気楽な生活を送りたい。
わたしが選んだ生きかたは、後者だった。
言いわけの言葉は様々思いつく。強いて一言で表すならば、わたしの心が弱いから、ということなのだろう。
ただ、そんな暮らしが許されるのも、わたしが二十歳の誕生日を迎える前日まで。
それは分かっている。ひとときも忘れたことがない。しかし、危機感を行動に結びつけられないまま、期限まで一年を切った。
不安感が友人になった。憂うつな気分ではない時間のほうが短かった。
ミクリヤ心療内科に通院するようになったのは、この時期からだ。
母親との確執、働く意欲が湧かないこと、真の独り立ちに対する不安。それらの詳細を語る義務を怠けて、とにかく毎日が憂うつで仕方がない、言いようのない不安感に常に苛まれている、というふうにわたしは訴えた。大らかで優しいミクリヤ先生は、わたしが久しぶりに巡り合えた、話をしていて心安らげる人だった。週に一度、一定の時間だけ彼と言葉を交わすこと、それ自体が目的となり、抱えこんだ大問題は置き去りにされた。
問題解決のヒントとなる言葉は、診察のさなかにミクリヤ先生の口から発せられた。
不安感や憂うつさをまぎらわせる方法として、友人を作るという案は毎回のように挙がっていた。わたしはそのたびに、そもそも出会いがない、人付き合いは気疲れがして億劫だ、などと言いわけを並べ立ててきた。それに対して先生は、わたしの卑怯な弱さを責めるのではなく、それとなく話題を変えるのを常にしていた。しかし、その日、彼はひとり言のようにこうつぶやいた。
「今は家庭用アンドロイドの普及も進んでいますし、お財布との相談になりますが、購入を検討してみてもいいかもしれませんね。私は所有したことがないのですが、ここ数年で性能は飛躍的に向上したと聞きますし」
アンドロイドの存在はもちろん知っていた。ただ、わたしがアンドロイド、特に家庭向けに販売されている愛玩用のそれに抱いていたイメージは、後ろめたい欲望の捌け口として誂え向きな、高性能な人形。乱暴な言いかたをすれば、公の場に連れ歩けるラブドールのようなもの。だから、友人の代替品になり得る、という評価にははっとさせられた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる