わたしと姫人形

阿波野治

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灰島ナツキ その10

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 わたしとしては、働きたくても働けないのは人が怖いせいだ、その責任はひとえに母親にある、と思いこみたかった。しかし、実際は甘えていた。毎月銀行口座に振りこまれる仕送りの額が多く、働かなくとも生活には困らないどころか、意識して節約すれば貯金ができるくらいに金銭的に余裕があったから、働かなかった。
 ほんとうの意味で独り立ちをして、母親から決別したい。
 形の上では母親から独立した現在の環境で、気楽な生活を送りたい。

 わたしが選んだ生きかたは、後者だった。
 言いわけの言葉は様々思いつく。強いて一言で表すならば、わたしの心が弱いから、ということなのだろう。

 ただ、そんな暮らしが許されるのも、わたしが二十歳の誕生日を迎える前日まで。
 それは分かっている。ひとときも忘れたことがない。しかし、危機感を行動に結びつけられないまま、期限まで一年を切った。
 不安感が友人になった。憂うつな気分ではない時間のほうが短かった。

 ミクリヤ心療内科に通院するようになったのは、この時期からだ。
 母親との確執、働く意欲が湧かないこと、真の独り立ちに対する不安。それらの詳細を語る義務を怠けて、とにかく毎日が憂うつで仕方がない、言いようのない不安感に常に苛まれている、というふうにわたしは訴えた。大らかで優しいミクリヤ先生は、わたしが久しぶりに巡り合えた、話をしていて心安らげる人だった。週に一度、一定の時間だけ彼と言葉を交わすこと、それ自体が目的となり、抱えこんだ大問題は置き去りにされた。

 問題解決のヒントとなる言葉は、診察のさなかにミクリヤ先生の口から発せられた。
 不安感や憂うつさをまぎらわせる方法として、友人を作るという案は毎回のように挙がっていた。わたしはそのたびに、そもそも出会いがない、人付き合いは気疲れがして億劫だ、などと言いわけを並べ立ててきた。それに対して先生は、わたしの卑怯な弱さを責めるのではなく、それとなく話題を変えるのを常にしていた。しかし、その日、彼はひとり言のようにこうつぶやいた。

「今は家庭用アンドロイドの普及も進んでいますし、お財布との相談になりますが、購入を検討してみてもいいかもしれませんね。私は所有したことがないのですが、ここ数年で性能は飛躍的に向上したと聞きますし」

 アンドロイドの存在はもちろん知っていた。ただ、わたしがアンドロイド、特に家庭向けに販売されている愛玩用のそれに抱いていたイメージは、後ろめたい欲望の捌け口として誂え向きな、高性能な人形。乱暴な言いかたをすれば、公の場に連れ歩けるラブドールのようなもの。だから、友人の代替品になり得る、という評価にははっとさせられた。
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