1 / 14
1
しおりを挟む
煎じ詰めれば、米と卵とチャーシューを油で炒めて、塩コショウとその他の調味料で味つけし、仕上げに刻んだ青ネギを混ぜ込んだだけの一皿。
なのに、なぜこうも美味しいのだろう?
窓外の空は刻一刻と夜を深めている。中華料理店『竜水亭』で、大倉一輝はレンゲを黙々と動かしてチャーハンを食べている。
『竜水亭』で食事をするのも、チャーハンを注文したのも、これで三日連続だ。
チャーハン以外の料理を頼むことはあまりない。チャーシュー麵、羽根つきギョーザ、エビチリ。他人が注文したものを目にするたびに美味しそうだと思うし、実際に食べてみると美味しかった。しかし、どの味もたまに食べれば充分というのが率直な感想で、蓋を開けてみれば今日もチャーハンを注文している。
四百円で、一皿で満腹になれるボリュームはお得感があるから。バイトをしていない大学生である一輝にとってはそれも理由の一つだが、なによりも美味しいから。さらに言えば、何度も食べても飽きない味だから。この二つに尽きる。
一輝が座るカウンター席からは、中華鍋を振るっている初老の店主の姿が見える。規則的に宙に躍る食材から判断して、作っているのはホイコーロー。気難しそうな顔をきりりと引き締め、重たそうな鉄鍋を軽々と操っている。
中国出身で、日本人の奥さんと暮らすために日本に来たと、常連客が話していたのを耳に挟んだことがあるが、詳しいプロフィールは知らない。ザ・料理人といった風貌とオーラ、さらには寡黙な店主は、気軽に話しかけるのはためらってしまう。
「ごちそうさま」
チャーハンの皿を空にし、千円札一枚で会計を済ませた一輝は、お決まりの一言を残して店を去る。
アルバイトの従業員がいっせいに挨拶を返したのも、店主が一輝には見向きもせずに調理に専念していたのも、いつもどおりだった。
* * *
一輝は帰り道、俯いてとぼとぼと歩く少女とすれ違った。
雰囲気がどこか異様だったので、思わず顔をまじまじと見つめた。見知った顔だったので、もう一度驚きに襲われた。
西崎瀬理。
一輝が暮らすアパートの隣に建つ、西崎家の長女。たしか、今年で中学二年生になったという話だった。
一輝と西崎家に直接の交流はない。平凡な男子大学生と、四十代の夫婦と中学生の娘の家族のあいだには、なんの共通点もない。住まいが隣り合っているため、意識して関わろうとしなくても、個人情報の一部がたまに目や耳に入ってくるだけで。
瀬理はさらさらの黒い長髪が目を惹く、大人しそうな女の子だ。植物が好きらしく、庭に並べられた植木鉢にじょうろで水をあげる姿をよく見かけた。葉の上から浴びせかけるのではなく、ノズルを根元に近づけてじょうろを傾けるそのやりかたからは、草木に対するたしかな愛情が感じられる。
優しい子なんだろうな、と思う。思春期でいろいろ難しい年ごろなのだろうが、家族と口論する声がアパートまで聞こえてきたことはない。
その瀬理が、いかにも「わたしは不幸な悩みを抱えていますよ」という暗鬱なオーラをまとって、一人道を歩いている。
二人は気軽に言葉を交わす間柄ではない。せいぜい、道ですれ違ったさいに会釈する程度。ようするに、お隣さんの域を出ていない。
「しょせんは他人、自分には無関係だ」と切り捨てるのは心理的な抵抗がある。だからといって、声をかける勇気は一輝にはない。
すれ違ったあと、一輝は何度も後ろを振り返った。何度見ても瀬理は下を向いていて、歩きかたは元気がない。
「まあ、いろいろあるよね。中学生なんだから」
自分に言い聞かせるように呟いたが、気持ちはまったく晴れない。
西崎家の前を通るさいに、無意識に庭を覗き込んだ。花壇に咲き誇った春の花が眩しいくらいに色鮮やかで、彼は顔を背けた。
なのに、なぜこうも美味しいのだろう?
窓外の空は刻一刻と夜を深めている。中華料理店『竜水亭』で、大倉一輝はレンゲを黙々と動かしてチャーハンを食べている。
『竜水亭』で食事をするのも、チャーハンを注文したのも、これで三日連続だ。
チャーハン以外の料理を頼むことはあまりない。チャーシュー麵、羽根つきギョーザ、エビチリ。他人が注文したものを目にするたびに美味しそうだと思うし、実際に食べてみると美味しかった。しかし、どの味もたまに食べれば充分というのが率直な感想で、蓋を開けてみれば今日もチャーハンを注文している。
四百円で、一皿で満腹になれるボリュームはお得感があるから。バイトをしていない大学生である一輝にとってはそれも理由の一つだが、なによりも美味しいから。さらに言えば、何度も食べても飽きない味だから。この二つに尽きる。
一輝が座るカウンター席からは、中華鍋を振るっている初老の店主の姿が見える。規則的に宙に躍る食材から判断して、作っているのはホイコーロー。気難しそうな顔をきりりと引き締め、重たそうな鉄鍋を軽々と操っている。
中国出身で、日本人の奥さんと暮らすために日本に来たと、常連客が話していたのを耳に挟んだことがあるが、詳しいプロフィールは知らない。ザ・料理人といった風貌とオーラ、さらには寡黙な店主は、気軽に話しかけるのはためらってしまう。
「ごちそうさま」
チャーハンの皿を空にし、千円札一枚で会計を済ませた一輝は、お決まりの一言を残して店を去る。
アルバイトの従業員がいっせいに挨拶を返したのも、店主が一輝には見向きもせずに調理に専念していたのも、いつもどおりだった。
* * *
一輝は帰り道、俯いてとぼとぼと歩く少女とすれ違った。
雰囲気がどこか異様だったので、思わず顔をまじまじと見つめた。見知った顔だったので、もう一度驚きに襲われた。
西崎瀬理。
一輝が暮らすアパートの隣に建つ、西崎家の長女。たしか、今年で中学二年生になったという話だった。
一輝と西崎家に直接の交流はない。平凡な男子大学生と、四十代の夫婦と中学生の娘の家族のあいだには、なんの共通点もない。住まいが隣り合っているため、意識して関わろうとしなくても、個人情報の一部がたまに目や耳に入ってくるだけで。
瀬理はさらさらの黒い長髪が目を惹く、大人しそうな女の子だ。植物が好きらしく、庭に並べられた植木鉢にじょうろで水をあげる姿をよく見かけた。葉の上から浴びせかけるのではなく、ノズルを根元に近づけてじょうろを傾けるそのやりかたからは、草木に対するたしかな愛情が感じられる。
優しい子なんだろうな、と思う。思春期でいろいろ難しい年ごろなのだろうが、家族と口論する声がアパートまで聞こえてきたことはない。
その瀬理が、いかにも「わたしは不幸な悩みを抱えていますよ」という暗鬱なオーラをまとって、一人道を歩いている。
二人は気軽に言葉を交わす間柄ではない。せいぜい、道ですれ違ったさいに会釈する程度。ようするに、お隣さんの域を出ていない。
「しょせんは他人、自分には無関係だ」と切り捨てるのは心理的な抵抗がある。だからといって、声をかける勇気は一輝にはない。
すれ違ったあと、一輝は何度も後ろを振り返った。何度見ても瀬理は下を向いていて、歩きかたは元気がない。
「まあ、いろいろあるよね。中学生なんだから」
自分に言い聞かせるように呟いたが、気持ちはまったく晴れない。
西崎家の前を通るさいに、無意識に庭を覗き込んだ。花壇に咲き誇った春の花が眩しいくらいに色鮮やかで、彼は顔を背けた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
レオナルド先生創世記
ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる