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オーダー
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小学生の女児を滅多刺しにしてみたい。文化包丁でもダガーナイフでも日本刀でも、凶器はなんだって構わないから。
滅多刺しをする際には、当然のことながら、奇声を上げるべきだろう。具体的にどんな声を発するかは、その日その時の気分で決めればいい。
言うまでもなく、顔・首・胸を集中的に刺すべきだ。滅多刺しの滅多というのは、刺す場所を選ばないという意味ではない。手加減をせずに刃を振るうという意味なのだよ。
何回か刺すと女児は地面に倒れるので、馬乗りになり、凶器を逆手に持ち替えて滅多刺しを続行する。馬乗りになる。凶器を逆手に持ち替える。この二つの動作は極力迅速に行いたいものだ。なぜかって? そんなもの、あんた、その方が格好いいからに決まっているじゃないか。
人間心理っていうのは不思議なもので、二本足で立った者同士が刺したり刺されたりしているのを見ても、本当に刺したり刺されたりしているのか、いまいちリアリティが湧かないものだ。ところが、加害者が被害者に馬乗りになって刺し始めた途端、「あっ、あの倒れている人は刺されているし、馬乗りになっている人は刺していますね。紛うことなき傷害事件だ。ていうか殺人事件? うわあ、やばいよお」と理解できてしまう。大事なことだから二回言うぜ。人間心理、マジ不思議。
「あっ、これ、傷害事件ですね」と思った人間が取る行動は様々だが、確かなのは、「あっ、これ、傷害事件ですね」と思った人間が近くにいるにもかかわらず滅多刺しを継続すれば、いずれ誰かに取り押さえられるということだ。『「あっ、これ、傷害事件ですね」と近くにいる人間が思った瞬間から、どのくらいの時間、滅多刺しを継続できるか』に挑戦してみるのも悪くないが、ちょっと待て、取り押さえられた時点でブタ箱行き確定だ。ブタ箱に入れられたらもう二度と滅多刺しはできない。ならばどうする?
答えは簡単、逃げるのだよ。
逃走手段はチャリに限る。犯行現場までの移動手段が徒歩やテレポーテーションだった場合でも、チャリで逃走するべきだ。なんてったって、チャリは走るよりも断然速いし、テレポーテーションと違って「必死で逃げている感」が味わえるからね。
「おいおいおい、チャリで逃げるべきだって言われてもよぉ、俺は犯行現場までテレポーテーションで来たんだぜぇ? チャリで逃げようにも、チャリはどこにもねぇじゃねぇかよぉ。なに無責任なこと言ってんだ、お前。滅多刺しにすんぞ? おお?」
そう異議を申し立てる者がいるかもしれないが、安心したまえ。チャリというのは、どんな場所にも必ず一台は放置されているものなのだよ。これまでに星の数ほど他人様のチャリをパクってきた俺が言うんだ、間違いない。
チャリを漕いでいる間は、恐らく、滅多刺しにした女児のことを考えたりするのだろう。将来性溢れる命を奪っちゃって申し訳ないことをしたなあ、とかなんとか、そういう月並みなことを。十中八九目頭が熱くなるんだろうけど、でも多分、目頭が熱くなって五分後ぐらいには目頭は熱くなくなっていると思うんだよね。だってほら、俺、現在逃走中じゃん? 寿命よりも八十年早く死んだ見知らぬ子供を悼むよりも、犯行現場から一ミリでも遠ざかることに集中したいじゃん?
チャリを漕ぎ続けて半時間も経つと、そろそろ両脚が疲れてくる。安全圏まで逃げ切ったという実感は湧かないけども、疲労困憊だし、腹も減ったし、もうええわ、という気分になって、俺はチャリを停める。すると好都合にも、そこは大手牛丼チェーン店の店先だ。やれやれ。入店する。
自動ドアを潜るや否や、レジカウンターのあたりでなにやらごそごそとやっていた三十過ぎくらいの男性店員が「らっしゃーせー」と例のお決まりの挨拶を投げて寄越してくるわけだけども、「らっしゃーせー」の「せ」に差しかかったところで急に声が乱れ、悲鳴に変わる。おいおい、どうした? 持病の発作でも起きたか? 訝しげに見つめると、店員は震える手で俺を指差す。ふと我に返って己の体を見下ろすと、服にべったりと血糊がついている。滅多刺しにした女児の返り血だ。
――店の外から音が聞こえる。自転車のベルが間断なく鳴らされる音。俺が店先に停めたチャリのベルに、誰かが悪戯をしているのだ。犯人は滅多刺しにした女児に違いない。滅多刺しにされた意趣返し、というわけだ。
ひぃ。
というような声を漏らしたかと思うと、店員は店の奥に向かって走っていく。110番する気満々だ。俺は遠ざかる背中に向かって怒声を飛ばす。
「通報は後にしろ! 牛丼並盛、持ってこい! 俺は腹が減っているんだ!」
空腹にもかかわらず、なぜ大盛や特盛ではなく並盛をオーダーしたのか?
その謎については、ブタ箱でじっくりと考えることにする。
滅多刺しをする際には、当然のことながら、奇声を上げるべきだろう。具体的にどんな声を発するかは、その日その時の気分で決めればいい。
言うまでもなく、顔・首・胸を集中的に刺すべきだ。滅多刺しの滅多というのは、刺す場所を選ばないという意味ではない。手加減をせずに刃を振るうという意味なのだよ。
何回か刺すと女児は地面に倒れるので、馬乗りになり、凶器を逆手に持ち替えて滅多刺しを続行する。馬乗りになる。凶器を逆手に持ち替える。この二つの動作は極力迅速に行いたいものだ。なぜかって? そんなもの、あんた、その方が格好いいからに決まっているじゃないか。
人間心理っていうのは不思議なもので、二本足で立った者同士が刺したり刺されたりしているのを見ても、本当に刺したり刺されたりしているのか、いまいちリアリティが湧かないものだ。ところが、加害者が被害者に馬乗りになって刺し始めた途端、「あっ、あの倒れている人は刺されているし、馬乗りになっている人は刺していますね。紛うことなき傷害事件だ。ていうか殺人事件? うわあ、やばいよお」と理解できてしまう。大事なことだから二回言うぜ。人間心理、マジ不思議。
「あっ、これ、傷害事件ですね」と思った人間が取る行動は様々だが、確かなのは、「あっ、これ、傷害事件ですね」と思った人間が近くにいるにもかかわらず滅多刺しを継続すれば、いずれ誰かに取り押さえられるということだ。『「あっ、これ、傷害事件ですね」と近くにいる人間が思った瞬間から、どのくらいの時間、滅多刺しを継続できるか』に挑戦してみるのも悪くないが、ちょっと待て、取り押さえられた時点でブタ箱行き確定だ。ブタ箱に入れられたらもう二度と滅多刺しはできない。ならばどうする?
答えは簡単、逃げるのだよ。
逃走手段はチャリに限る。犯行現場までの移動手段が徒歩やテレポーテーションだった場合でも、チャリで逃走するべきだ。なんてったって、チャリは走るよりも断然速いし、テレポーテーションと違って「必死で逃げている感」が味わえるからね。
「おいおいおい、チャリで逃げるべきだって言われてもよぉ、俺は犯行現場までテレポーテーションで来たんだぜぇ? チャリで逃げようにも、チャリはどこにもねぇじゃねぇかよぉ。なに無責任なこと言ってんだ、お前。滅多刺しにすんぞ? おお?」
そう異議を申し立てる者がいるかもしれないが、安心したまえ。チャリというのは、どんな場所にも必ず一台は放置されているものなのだよ。これまでに星の数ほど他人様のチャリをパクってきた俺が言うんだ、間違いない。
チャリを漕いでいる間は、恐らく、滅多刺しにした女児のことを考えたりするのだろう。将来性溢れる命を奪っちゃって申し訳ないことをしたなあ、とかなんとか、そういう月並みなことを。十中八九目頭が熱くなるんだろうけど、でも多分、目頭が熱くなって五分後ぐらいには目頭は熱くなくなっていると思うんだよね。だってほら、俺、現在逃走中じゃん? 寿命よりも八十年早く死んだ見知らぬ子供を悼むよりも、犯行現場から一ミリでも遠ざかることに集中したいじゃん?
チャリを漕ぎ続けて半時間も経つと、そろそろ両脚が疲れてくる。安全圏まで逃げ切ったという実感は湧かないけども、疲労困憊だし、腹も減ったし、もうええわ、という気分になって、俺はチャリを停める。すると好都合にも、そこは大手牛丼チェーン店の店先だ。やれやれ。入店する。
自動ドアを潜るや否や、レジカウンターのあたりでなにやらごそごそとやっていた三十過ぎくらいの男性店員が「らっしゃーせー」と例のお決まりの挨拶を投げて寄越してくるわけだけども、「らっしゃーせー」の「せ」に差しかかったところで急に声が乱れ、悲鳴に変わる。おいおい、どうした? 持病の発作でも起きたか? 訝しげに見つめると、店員は震える手で俺を指差す。ふと我に返って己の体を見下ろすと、服にべったりと血糊がついている。滅多刺しにした女児の返り血だ。
――店の外から音が聞こえる。自転車のベルが間断なく鳴らされる音。俺が店先に停めたチャリのベルに、誰かが悪戯をしているのだ。犯人は滅多刺しにした女児に違いない。滅多刺しにされた意趣返し、というわけだ。
ひぃ。
というような声を漏らしたかと思うと、店員は店の奥に向かって走っていく。110番する気満々だ。俺は遠ざかる背中に向かって怒声を飛ばす。
「通報は後にしろ! 牛丼並盛、持ってこい! 俺は腹が減っているんだ!」
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その謎については、ブタ箱でじっくりと考えることにする。
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